サイレント&メロディアス

10月の最終日曜日。空は高く晴れて風はなく心地好い空気。長そでのシャツが似合う陽気。
今日、
さおりさんは区のホールで行われるリサイタル会に参加する。

基本的にはさおりさんの職場のピアニストをはじめとする演奏家たちが一堂に会する場で、
さおりさんはフルーティストとして1曲、ピアニストとして2曲披露するそうだ。曲名は教えてもらえなかった。
今回、さおりさんのご両親の都合がどうしてもつかず、俺が「さおりさんの雄姿をしっかり目に焼きつけてきます」と勢いこんで言ったら、義両親はとても喜んでくれた。すでに花スタンドも会場に送ってある。俺の名義で。さおりさんあてに。
さおりさんのお姉さんたちが代わりに来るらしい。さおりさんは4人姉妹の末っ子だ。ピアニストとして海外留学をする選択があったにも関わらず、さおりさんは日本の芸術大学で学びつづけることを望んだ。さおりさんには世界進出などはなから視野になく、
あくまで本人とまわりが楽しく過ごせればよい、と言う考えのようだった。そんな才能の使い方もあるんだな、と、俺はとても感じ入った。
さおりさんが海外へ行っていたら、俺は一生さおりさんと出会えなかった。さおりさんの存在をまったく知らずに一生を過ごしていただろう。最初は、何もしゃべらないさおりさんに戸惑いいらだちを覚えることもあったが、今となっては「そんなこともあったな」くらいにしか思わない。それくらいさおりさんの無口に慣れた。
昨夜、ベッドの中で、せめてどんなドレスを着るのかくらい聞きだそうとしたのだが、さおりさんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、俺の胸をぺち、と右手で軽くたたいた。お返しにこってり濃厚なキスをした。リサイタルの前日なので何もしなかった。と言うか、リサイタルが近くなると基本的に夜何もしない。その分キスが甘く熟す。

開場に間に合うようにホールへ行った。服装を考えたが無難にダークカラーのスーツにした。白いワイシャツにえんじを地色にしたネクタイを締め、短く切った黒髪は清潔さを重視してヘアオイルで軽く整える程度。香水はつけず無香料のデオドラントだけ。
「あ」
ホワイエにはすでにさおりさんのお姉さんたちが全員そろっていた。個性あふれるお姉さんたちは、俺が185センチメートルを超える長身なのですぐに見つけたらしい。ちなみに彼女たちは全員既婚者だ。(バツがついているひともいる)
長女は背がすらりと高いクール系の美人だ。黒髪を後ろできちんとまとめている。次女は背が低いが体格がよく明るい性格で、三女はとにかくたのもしい。頼れるお姉さんと言う感じだ。
「ありがとう。さおりにあんなに豪華な花スタンド送ってくれて」
「旦那さん、相変わらずおしゃれでイケメンだね。今日はさおりのためにありがとう」
「いつもありがとね。さおりのために。
で、
さおりのこと泣かせたりしてないよね?」