「まず守り神の朝は、祠を壊すところから始まる」
「祠の中、ゲーム配信部屋にしてみた」
「正しいお参りと妖力修行の仕方」
学校の黒板に書かれた動画の案が、どれも首をかしげる案ばかり。
「陽葵さんの案は浄瑠璃神社の動画として正しい内容だけど、ファン登録を増やすには少し地味だよね」
榊くんが陽葵ちゃんの案だけピンクのチョークで囲い、大輝くんと一矢くんの案をスルーした。
蝉の声が響くが、古い冷房の稼働音にかき消され、五人しかいない教室にもかかわらず部屋の中は生ぬるい。こんなに冷房が稼働音を立てる割に教室が冷えないのは、働いているふりをしているようにしか感じない。
外よりもまあマシという教室の中、私たちの休み時間はほぼすべて守り神様の配信についての話し合いだ。
千尋おばあちゃんとの配信を一度しただけでファン登録が百人増えたけれど、SNSで話題になるわけでもなくバズることもなく守り神様の妖力は回復していない。
この町が数千人、数万人いれば話が違ったのかもしれないけど、本当に田舎だというしかないぐらいの田舎だしなあ。
「ねえ、咲良はなにかいい考えある?」
皆の動画の案を黒板けしで消しながら、陽葵ちゃんに言われてハッとする。
私だけ、こどもたちだけで配信するのはちょっと怖いなって思ってるのいえていない。
守り神さまだって楽しそうにしているんだもん。
今朝だっておじいちゃんが千尋おばあちゃんと話しているときぐらい楽しそうって言ってたもん。
この空気の中で今更反対なんて言えないよ。
「えっと守り神さまが一番今したいことを全力でさせてあげたい。まずは守り神さまに聞いてから決めてもいいかなって」
「なるほどね。守り神様の気持ち優先かあ」
「でもそれじゃ登録者数増やせるか分からないから、俺たちはファン登録数を増やす案を考えて、守り神さまに提案したほうがいいんだ」
榊くんが黒板消しをクリーナーで綺麗にしながら、眉をゆがませる。
感情論だけではファン登録数は増えない。
現実は厳しい。
「榊くんの顔の良さはサムネイルで釣れそうだけどね」
「わかる。女の人が飛びつきそうなイケメンよな」
「うちのおばあちゃんも浮世離れしたイケメンって絶賛してた」
陽葵ちゃんの言葉に皆の視線が彼に集中した。
確かに私もいまだに話しかけるのが緊張するぐらい整っていて格好いいと思う。
「でもいくら格好良くても榊くんは人間だからね。守り神様みたいにメンタルも強くないし、注目されて困る場合もあるでしょ」
「人間だからって俺らもだよ」
一矢くんと大輝くんに笑われたけれど、陽葵ちゃんは榊くんの方を見る。
二人には分からないんだろうけど、人に注目されるの苦手な人もいるし守り神様みたいに人に注目されるのが大好きな人ばかりじゃない。
「うーん。俺は別に動画に出るのは平気だけど、俺たちだけで動画投稿してるってバレたら削除させられそうだから慎重にいきたいね」
「そうだよね。あ、でもルーティーンは守り神さまもやりたがってたかも」
「俺の案!」
一矢くんが嬉しそうにしているけど、祠を壊されたらたまらないからもっと穏やかな動画になるとは思う。
「早苗お姉ちゃんに聞いてみる、とか」
引っ越してから忙しいのかメッセージも電話も全く一方通行で声も聴いていないけど。
早苗おねえちゃんはファン登録八万人もいるし、読モだから動画の再生数も十万ぐらいいっている。いまだに視聴回数二桁の守り神さまに何かアドバイスもらえるかもしれない。
「確かに。俺も連絡先は知ってるけど、ここに引っ越してきたって連絡してから連絡取れなくなっているな」
「咲良も最近は連絡返ってこないんでしょ」
心配げに陽葵ちゃんに言われたけど、私は笑って誤魔化す。
「でも守り神様のためだもん。アドバイス欲しい」
「えー。田舎が嫌で都会に行った人だろ?」
「絶対に馬鹿にしてくるだろ。親にチクるかもよ」
「早苗お姉ちゃんはそんな人じゃないよ!」
二人だって町内会や子供会でお世話してもらったことあるだろうに、忘れちゃったのかな。
「じゃあ、早苗さんは咲良に頼んでいい?」
「うん。ま、任せて」
携帯で連絡とれないなら家の電話番号を聞けばいいしね。
あとはあの守り神様の配信部屋の装飾についてと、千尋おばあちゃんからの布団の届く日の話しとかした。
予鈴がなってひっつけていた机を定位置に戻しながら、廊下に響く先生の足音に耳を傾けた。
今日のホームルームも夏祭りについて、道徳の時間も夏祭りのボランティアについて。チラシを作るらしい。
それと最後の五限目は体育館で夏祭りの盆踊りの練習。
夏休み前は本当に夏祭り関連の授業ばかりだ。
かしゃかしゃと飾る電球の擦れる音、タンタンと百八段の階段をひっきりなしに上る音、段々と静かになっていく蝉の声。
すべてが夏を感じさせてくる。
「そういえば、盆踊りについては咲良に教えてもらえって先生に言われてたね」
「うん。田舎だから夏祭りには全力なんだ。でも、踊りなんて隣をまねして見よう見まねで大丈夫だよ」
全力で楽しんでいれば、誰かのミスや失敗なんて気にする人はいない。
「盆踊りでは偶に大人は狐のお面をつけて踊る風習があるの。全員じゃないよ。お面も屋台で売っている狐のお面だから売切れたりするしね」
「そうなんだ」
「大人たちの円の中で、中学生の私たちが子供会の子らと踊るの。守り神さまも混ざって踊れるようにって狐のお面をかぶるようにしてたんだけど、今年は参加できるといいなあ」
綿菓子もイチゴあめも、焼きそばも焼きとうもろこしも、全部守り神様好きそうだな。
力が回復すれば、皆の目に見えて、触れて、沢山の人にあの美しさを知ってもらえるのかな。
「守り神さまが参加するなら、俺も参加しようかな」
「えっ参加しないつもりだった?」
盆踊りに参加しないと家まで迎えに行ったり、さぼったって噂されたり、田舎特有の嫌なことしてくる人いるのに。
「うーん。夜ってへんなの寄ってきやすいから。俺って見えるだけの力がないやつだからね」
ははって榊君は笑うけど、その恐怖で心を閉ざしていたのを目の当たりにしてたから心が痛む。
守り神様の力が回復すれば、この町では少なく手も怖い思いすることはない。全部守ってもらえるからね。
そう考えると、守り神様のファン登録数を増やすのは、皆のためでもあるんだね。
「一番は守り神さまが目覚めて……力が回復してこの町を楽しんでくれることだったんだけど! でも榊くんにも夏祭りを楽しんでもらいたいからもっと頑張りたいって思った!」
「あはは。ありがとう」
私の決意はなぜか笑われたけど榊くんに届いた。
「うん。皆でお祭り楽しもうね」
「……咲良ってばほんとうにあんた」
なぜか陽葵ちゃんが横の席で呆れ顔でこちらを見ている。
「ん?」
「引っ込み思案で大人しくて、人前で緊張する癖に人見知りがなくなると可愛いねってこと」
「え?」
何の話しって首を傾げたけど、横で榊くんが頷く。
「あー。わかる。咲良ってなんか、汚れてない真っ白な絵の具みたい」
榊くんのたとえに陽葵ちゃんが爆笑して椅子から転げ落ちていた。



