病院から出ると軽トラでお父さんが待ってくれていた。
軽トラから顔を出したお父さんは、しかめっ面で怒っているというより不貞腐れていた。軽トラに自転車を乗せて、窓から手を振る千尋おばあちゃんに手を振り返して家へ帰った。
「お前、銀王さまが見えるようになったんか」
動画サイトの事を言われるかと思ったけど、第一声は守り神様の事だった。
「おとうさんは銀王さまって呼んでるんだ」
やっぱ見えた人だけは特別な呼び方で親交してるんだ。それぐらい守り神さまが見える人は少ないってことか。
「おう。銀色の御姿が美しいからな。人の姿も綺麗だが、六尾の狐の姿は格好いいし。お前はなんと呼ぶんだ?」
気づいた。
お父さんは私が守り神様が見えることで、力が目覚めたと思ってるんだ。
自分がよその町に行ってる間に目覚めたと思って不貞腐れてるのか。
「ううん。私は榊くんが守り神さまの封印を解いてくれたから見えるようになっただけ。自分の力じゃないから名前は付けないよ」
「……そうなんか」
「でも榊くんなら名前つけていいよね。お父さんたちは知ってるようだし」
早苗お姉ちゃんの地元の浄瑠璃神社を頼ってこの町に来た榊くんだ。お父さん達ともそれについて話してたみたいだし。
「どうだろうか。あの子の負担にならんといいんだが」
綺麗な彼はあの綺麗で寂しい神様をなんて呼ぶのだろう。
センチメンタルな気分で家に向かうと、提灯の淡い光ではなくライトで照らしたような光が守り神さまの祠付近に見えた。
急いで階段をのぼって祠の方へ向かおうとしたけど、境内に一矢くんと大輝くんがいるのに驚いた。
「二人とも、まだいたの?」
二人だってそこそここの神社から距離があるのに。
駆け寄ってみると、二人は泣いていた。
泣くというか雄たけびというか、鼻まで真っ赤にして手を合わせている。
「俺も修行でも何でもして守り神を見えるようになるから! 本当に感謝してるって目を合わせて話したい!」
「俺もだよー。俺だって見えたら守り神が寂しくなくなるなら、必死で修行するよ」
「さっきの放送を見てたんだね」
「当たり前だろ!」
「わあああん。守り神様、いつもありがとうなっ」
二人が本殿で手を合わせながら泣いていたけど、榊くんと守り神さまは離れの建物でベッドを再び作り出していた。
「榊くんは帰らなくて大丈夫なの?」
「おかえり。ん。咲良のおじさんたちが帰ってくるって聞いたから親に電話して待ってた」
ペンキの蓋が開かず、足で挟むと守り神様が鼻を押さえた。
「なんじゃ、この匂いのきつい塗料は」
「あ、苦手ですか。じゃあニスもダメかな」
「ひ。酔いそう」
工作で使いそうなニスを嗅いで守り神様は露骨に嫌そうな顔をしていた。
千尋おばあちゃんとの会話があまりに悲しそうだったから元気ないと思ったけど、榊くんにからむ守り神様は普段通りだ。
「守り神様、千尋おばあちゃんからお手紙と名前が書かれた呪符です。建物に貼ったら眠れるかも」
「うむ。呪符はお前の父親たちに見つからないように隠しておけ。手紙だけでいい」
ひょいっと手紙を受け取るとどこかへ飛び出して行ってしまった。
尻尾につけた鈴の音が夜空に響いて消えていく。
「一矢くんや大輝くんの御祈りでは守り神様は力が戻らなかった?」
「戻らなかったけど、ご機嫌になったよ。放送が終わった後は今にも消えそうなほど俯いていて寂しそうだったから」
嬉しいと前向きな気持ちがまだ消えていないのならばよかった。
「寂しいな。あんなにやさしい神様がこの町を守る心の拠り所が千尋おばあちゃんの信仰心だけなんだって」
心を通わせているのが千尋おばあちゃんだけなんて。
……いや、うちの父と祖父も見えるんだった。
お父さんたちは修行もしていないはず。
「おーい。銀王さまー。おみやげの栗饅頭ですよー」
「本当に鈴音(すずがね)の君が目覚めてるのか」
おじいちゃんが手にいっぱいの漫画や本、父が隣町の名物の野菜やおまんじゅうを持って神社中をうろうろしている。
二人はどこにいるのか音を聞きながら探しているようだった。
「咲良さん、陽葵さんもあの放送で守り神さまを見ることができたらしい」
「そうなんだ。守り神様の祠のある建物、配信部屋みたいになってたね」
「あれは一矢と大輝とお兄さんがやったけど、俺が守り神の隣に居なきゃなぜか配信に映らなくて」
「それはなんでだろうね」
代々守り神を祭っていた弧守家しか駄目ならわかるけど、榊くんしか配信に映せないって何が基準なのかな。
修行しなくても守り神さまが見える強い能力のおかげなのかな。
「おい、咲良、榊くん」
お兄ちゃんが入ってくると、建物の中を見て慌て出した。
「親父たちがこの部屋見たら流石に怒るだろうから、どうしようか」
「まあ……神聖な場所のはずだしね」
祠を守る建物が配信部屋になっていたら、確かに驚くよね。
でも隠すものが何もない。
「すごい。柊、すごいぞ」
天井からにょきっと生えてくるように現れた守り神さまが両手をグーパーグーパーしてl喜んでいる。なんだかさっきよりも光り輝いている。
「さっきから少しずつ霊力が戻ってきておる。その配信の電波からだ」
「うそ、なんでだろ」
お兄ちゃんと一緒にパソコンを見てみると、『六尾町の浄瑠璃神社公式便り』のファン登録者が百人を超えていた。最初に何人いたのか知らないけど、動画も何も投稿していなかったこの神社の頼りにファン登録者がいる方が珍しい。
「ここじゃ、ここ。ここから信仰の力を感じる」
「さっきの千尋おばあちゃんとの配信か」
いつの間にかコメントが二件。そして再生回数が一千回を超えている。
人気の動画なら一時間で何十万と再生されるから、無名のこの動画で千回は多いにしても、爆発的ではない。
「分からぬがここからずっと力が流れ込んでくる。微々たるものだが、そこで祈りを捧げている童子二人に匹敵するぞ」
一矢くんと大輝くんは心から守り神さまを慕って祈っていたし、あの配信で顔も分かっていたはず。
コメントを覗いてみると『おばあちゃんのためにありがとう』と『えー。新人配信者? 狐の神様のアバターめちゃくちゃ可愛い! 本物みたい! 推せる!』の二つ。
一つは千尋おばあちゃんの関係者としてもう一人は本当に偶々見かけただけの人かもしれない。
「このコメントはどうですか、守り神様」
「うむ。大変に美味しい。僕のことを好いておるな」
えええ。
一緒ぐらいなの?
私と榊くんとお兄ちゃんがお互い目を合わせて生唾を飲んだ。
「あの、試しに今からファン登録してみますがいかがでしょうか」
「ファン登録?」
首を傾げる守り神さまを置いてけぼりにして申し訳ないけど、三人同時にファン登録してみた。
すると次の瞬間、守り神様の体が輝き出し淡い光が身体を包み込んだ。
「おお、すごい! すごい力じゃ!」
テンションが上がった守り神様が尻尾をちりんちりん鳴らしながら舞っている。
「数日は起きてられるほどの信仰心じゃ」
す、数日……。喜び方からしてもっと回復したかと思った。
驚いたけど信仰してくれる町の人々が居なくなって眠るように封印された守り神さまだ。数人のファン登録ぐらいじゃ全然昔のような力は戻らないみたいだ。
「これって数字として形に出せる分、親密度やら信仰心は必要ないんだな」
「その分、力が回復するのは微々たるものらしいけど」
お兄ちゃんと榊くんが考察してる中、私の方をキラキラした目で見てくる守り神さまが少し怖い。無言の圧だ。
「この微々たる回復、とても甘美じゃ。点滴みたいで愛い。弧守家全員を今すぐここに連れてこい」
「えっと」
「大丈夫じゃ。今なら三日ぐらい天候を操れるぞ」
何が大丈夫か分からないけれど、観念したお兄ちゃんがおじいちゃんとお父さんを呼びに行った。
「ぎゃー」
ゲーム配信部屋になってしまった守り神さまの部屋を見て、お父さんが腰を抜かしたのは防ぎようのない事故だった。
***
「ご飯、皆食べていく?」
神社の本堂はお祭り用の提灯や電灯が段ボールに入れられて壁側に並べられている。町内会や檀家さんが手伝ってくれてたんだろうけど、今年は手伝わなくて申し訳なく思った。
でも手伝ったらお年寄りの噂話やら私の未来やら高校についてやらあれこれ勝手に決めてくる人たちが多いので苦手な場ではある。
母が一人で捌いてくれて申し訳ない気持ちと関わりたくない気持ちで複雑だ。
「え、いいんすか」
「お腹ぺこぺこっす」
「いいわよー。カレー温めるだけだけど。残りだから足りなくなったらあれだし野菜の天ぷらと素麺も作るわね」
「お母さん、手伝うよ」
「俺も」
お兄ちゃんと私が立ち上がると母はちらりと、深刻な顔で守り神さまの祠を見ているお父さんとおじいちゃんの方を見る。
「お父さんたちはお祭りの準備してくれた皆に挨拶もしないで何してんの?」
「守り神さまが目覚めてて、お話し中なんだ」
「ふうん」
お母さんは全く妖が見えない人。私と同じで気配すらも感じないし、興味もなさそう。
修行すれば見えるようになると言われたけれど、しなかったらしい。
「まあ、いいわ。一矢くんと大輝くんは一応電話しておいてねー。榊くんはどうする?」
「あ、俺は手伝います。迎え来たら大輝くんと一矢くんも乗せていきます」
「そう?」
それ以上は追及せず、私はてんぷら粉を混ぜる係、お母さんが油の温度を調節しながら野菜を切って、お兄ちゃんがお湯を沸騰させて榊くんが野菜を切っていた。
上手に野菜を切るので驚いたけど、家でよくご飯を作っていたらしい。
「うちは両親共働きで帰ってくるのが遅かったんで」
「あらそうなの。今は?」
「……俺が妖を見るせいでリーモートワークに切り替えてこっちに引っ越してくれました。父はまだしばらく引継ぎがあるので一人で残ってますが」
「大変ねえ……。でも妖のせいで体調が悪くなってしまうなら親は子供優先にしてでも治したいものだからね」
「はい。感謝しています」
「おい、咲良、手が止まってんぞ」
「え、あ、はい!」
榊くんの話しに聞き入ってしまっていた。見えるだけで疲労してしまう榊くん。
はやく日常生活を安心して過ごせるようになるといいのに。
「お、カレーか。レンコンとカボチャの天ぷらは僕にもくれ」
「守り神様って天ぷら好きなの?」
「ああ。本当は甘口のカレーの方が好きじゃが、てんぷらも付けてくれるならばと毎回許している」
「へえ」
「あら、そこに守り神さま来てるの?」
「はい。カレーを覗き込んでいます」
カレーの匂いを嗅いで甘口じゃないのが不服そうだ。
「だったらお父さん達との話しも終わったのね。守り神様、暇なら呼んできて」
「え、神様って奉るくせに僕に命令するのか! 見えないくせになんと不届き者め」
「白夜はここで母さんがご飯作ってるの見たいんだよ。俺が呼んでくる」
怒っている守り神様を宥めていたので、天ぷら粉を混ぜ終えた私が代わりに行くことにした。
お父さんとお爺ちゃんは、守り神さまのゲーム配信部屋で自分たちのスマホを覗き込んで頭を掻いていた。
「お父さんたち、ご飯すぐできるよ」
「ご飯? 夏祭りの準備もしてるんだ。ご飯なんて残り物温めるだけでいいのに」
「私たちも手伝ったから大丈夫だよ」
でも確かにそうだ。これから忙しくなるから温めるだけのカレーとか作り置き手伝おう。
「ここの部屋見て怒らないんだね」
「うーん。銀王様が気に入ってこのままでいいって言うし」
「力が弱まっていたら封印して助けたかったが、本人が元気だし」
複雑そうに周りをみているお父さんたち。
まだ動画サイトで、うちの神社のアカウントを使って生配信したのはバレていないようだ。
「鈴音の君は流行りものが好きだからな。海外から文化が入ってきた数百年前から珍しそうに飛びついてたよ。あの尻尾の鈴からは文明開化の音が鳴るらしい」
「……? そう、なんだ?」
最後の方は意味が分からなかったけど、この部屋の改造は守り神さまリクエストって認識したらしい。間違ってはいない。
でも一から説明すると、子供だけで動画サイトで生配信したのばれて怒られてしまうかもだし、パソコン没収されちゃったら困るし、どこまで伝えよう。
「あのね、その、守り神さまなんだけど」
「ああ、大丈夫。多少のことは父さんたちも何も言うつもりないからな」
「今まで眠っておられた時間が長いだけじゃなく、起きているときはこの町の干ばつやら災害やらで力を消費して魂を削って守ってくださっている。今、こののんびりできるときに鈴音の君が守ってくださっている町を楽しんでもらいたいね」
「良かった!」
もっと怒られるか、この現状に頭を悩ませると思ったけど、一番は守り神さまが楽しんでいるってこと。今までこの町を守り続けてくれていることに比べたら、祠の中をゲーム配信部屋にしたりカレーの甘口をリクエストするぐらい問題ないよね。
生配信して千尋おばあちゃんとお話ししたことだって、さっさと非公開にして隠してしまえばバレない。ばれない。
「そうか。銀王様はパソコンやら動画に興味を持ったのか」
「わしらは最近触れるようになったばかりで詳しくないから、柊と咲良に頼むぞ」
「ま、任せて!」
本当だったら断りたかったけど、あの動画サイトからお父さんたちを遠ざけられるならば引き受けるしかない。
「あ、そうだ。お父さんたちは早苗お姉ちゃんと連絡とってる?」
メールの返事も手紙も来ないから多忙なのはわかる。
でもお姉ちゃんのおばさんたちは田舎から都会へいって、無事に都会の生活に慣れたのかなって。
ただ好奇心からそう聞いただけなのに、お父さんたちの周りの空気が固くなった。
明らかに冷たくなったというか、聞かれたくなさそうなのが伝わってくる。
「……お父さんたち、次は甘口のカレーでもいい?」
「ああ。銀王様優先でいいぞ」
「もちろん」
空気を換えるために話を変えたけど、私の中で少しずつ違和感が広がっていった。
軽トラから顔を出したお父さんは、しかめっ面で怒っているというより不貞腐れていた。軽トラに自転車を乗せて、窓から手を振る千尋おばあちゃんに手を振り返して家へ帰った。
「お前、銀王さまが見えるようになったんか」
動画サイトの事を言われるかと思ったけど、第一声は守り神様の事だった。
「おとうさんは銀王さまって呼んでるんだ」
やっぱ見えた人だけは特別な呼び方で親交してるんだ。それぐらい守り神さまが見える人は少ないってことか。
「おう。銀色の御姿が美しいからな。人の姿も綺麗だが、六尾の狐の姿は格好いいし。お前はなんと呼ぶんだ?」
気づいた。
お父さんは私が守り神様が見えることで、力が目覚めたと思ってるんだ。
自分がよその町に行ってる間に目覚めたと思って不貞腐れてるのか。
「ううん。私は榊くんが守り神さまの封印を解いてくれたから見えるようになっただけ。自分の力じゃないから名前は付けないよ」
「……そうなんか」
「でも榊くんなら名前つけていいよね。お父さんたちは知ってるようだし」
早苗お姉ちゃんの地元の浄瑠璃神社を頼ってこの町に来た榊くんだ。お父さん達ともそれについて話してたみたいだし。
「どうだろうか。あの子の負担にならんといいんだが」
綺麗な彼はあの綺麗で寂しい神様をなんて呼ぶのだろう。
センチメンタルな気分で家に向かうと、提灯の淡い光ではなくライトで照らしたような光が守り神さまの祠付近に見えた。
急いで階段をのぼって祠の方へ向かおうとしたけど、境内に一矢くんと大輝くんがいるのに驚いた。
「二人とも、まだいたの?」
二人だってそこそここの神社から距離があるのに。
駆け寄ってみると、二人は泣いていた。
泣くというか雄たけびというか、鼻まで真っ赤にして手を合わせている。
「俺も修行でも何でもして守り神を見えるようになるから! 本当に感謝してるって目を合わせて話したい!」
「俺もだよー。俺だって見えたら守り神が寂しくなくなるなら、必死で修行するよ」
「さっきの放送を見てたんだね」
「当たり前だろ!」
「わあああん。守り神様、いつもありがとうなっ」
二人が本殿で手を合わせながら泣いていたけど、榊くんと守り神さまは離れの建物でベッドを再び作り出していた。
「榊くんは帰らなくて大丈夫なの?」
「おかえり。ん。咲良のおじさんたちが帰ってくるって聞いたから親に電話して待ってた」
ペンキの蓋が開かず、足で挟むと守り神様が鼻を押さえた。
「なんじゃ、この匂いのきつい塗料は」
「あ、苦手ですか。じゃあニスもダメかな」
「ひ。酔いそう」
工作で使いそうなニスを嗅いで守り神様は露骨に嫌そうな顔をしていた。
千尋おばあちゃんとの会話があまりに悲しそうだったから元気ないと思ったけど、榊くんにからむ守り神様は普段通りだ。
「守り神様、千尋おばあちゃんからお手紙と名前が書かれた呪符です。建物に貼ったら眠れるかも」
「うむ。呪符はお前の父親たちに見つからないように隠しておけ。手紙だけでいい」
ひょいっと手紙を受け取るとどこかへ飛び出して行ってしまった。
尻尾につけた鈴の音が夜空に響いて消えていく。
「一矢くんや大輝くんの御祈りでは守り神様は力が戻らなかった?」
「戻らなかったけど、ご機嫌になったよ。放送が終わった後は今にも消えそうなほど俯いていて寂しそうだったから」
嬉しいと前向きな気持ちがまだ消えていないのならばよかった。
「寂しいな。あんなにやさしい神様がこの町を守る心の拠り所が千尋おばあちゃんの信仰心だけなんだって」
心を通わせているのが千尋おばあちゃんだけなんて。
……いや、うちの父と祖父も見えるんだった。
お父さんたちは修行もしていないはず。
「おーい。銀王さまー。おみやげの栗饅頭ですよー」
「本当に鈴音(すずがね)の君が目覚めてるのか」
おじいちゃんが手にいっぱいの漫画や本、父が隣町の名物の野菜やおまんじゅうを持って神社中をうろうろしている。
二人はどこにいるのか音を聞きながら探しているようだった。
「咲良さん、陽葵さんもあの放送で守り神さまを見ることができたらしい」
「そうなんだ。守り神様の祠のある建物、配信部屋みたいになってたね」
「あれは一矢と大輝とお兄さんがやったけど、俺が守り神の隣に居なきゃなぜか配信に映らなくて」
「それはなんでだろうね」
代々守り神を祭っていた弧守家しか駄目ならわかるけど、榊くんしか配信に映せないって何が基準なのかな。
修行しなくても守り神さまが見える強い能力のおかげなのかな。
「おい、咲良、榊くん」
お兄ちゃんが入ってくると、建物の中を見て慌て出した。
「親父たちがこの部屋見たら流石に怒るだろうから、どうしようか」
「まあ……神聖な場所のはずだしね」
祠を守る建物が配信部屋になっていたら、確かに驚くよね。
でも隠すものが何もない。
「すごい。柊、すごいぞ」
天井からにょきっと生えてくるように現れた守り神さまが両手をグーパーグーパーしてl喜んでいる。なんだかさっきよりも光り輝いている。
「さっきから少しずつ霊力が戻ってきておる。その配信の電波からだ」
「うそ、なんでだろ」
お兄ちゃんと一緒にパソコンを見てみると、『六尾町の浄瑠璃神社公式便り』のファン登録者が百人を超えていた。最初に何人いたのか知らないけど、動画も何も投稿していなかったこの神社の頼りにファン登録者がいる方が珍しい。
「ここじゃ、ここ。ここから信仰の力を感じる」
「さっきの千尋おばあちゃんとの配信か」
いつの間にかコメントが二件。そして再生回数が一千回を超えている。
人気の動画なら一時間で何十万と再生されるから、無名のこの動画で千回は多いにしても、爆発的ではない。
「分からぬがここからずっと力が流れ込んでくる。微々たるものだが、そこで祈りを捧げている童子二人に匹敵するぞ」
一矢くんと大輝くんは心から守り神さまを慕って祈っていたし、あの配信で顔も分かっていたはず。
コメントを覗いてみると『おばあちゃんのためにありがとう』と『えー。新人配信者? 狐の神様のアバターめちゃくちゃ可愛い! 本物みたい! 推せる!』の二つ。
一つは千尋おばあちゃんの関係者としてもう一人は本当に偶々見かけただけの人かもしれない。
「このコメントはどうですか、守り神様」
「うむ。大変に美味しい。僕のことを好いておるな」
えええ。
一緒ぐらいなの?
私と榊くんとお兄ちゃんがお互い目を合わせて生唾を飲んだ。
「あの、試しに今からファン登録してみますがいかがでしょうか」
「ファン登録?」
首を傾げる守り神さまを置いてけぼりにして申し訳ないけど、三人同時にファン登録してみた。
すると次の瞬間、守り神様の体が輝き出し淡い光が身体を包み込んだ。
「おお、すごい! すごい力じゃ!」
テンションが上がった守り神様が尻尾をちりんちりん鳴らしながら舞っている。
「数日は起きてられるほどの信仰心じゃ」
す、数日……。喜び方からしてもっと回復したかと思った。
驚いたけど信仰してくれる町の人々が居なくなって眠るように封印された守り神さまだ。数人のファン登録ぐらいじゃ全然昔のような力は戻らないみたいだ。
「これって数字として形に出せる分、親密度やら信仰心は必要ないんだな」
「その分、力が回復するのは微々たるものらしいけど」
お兄ちゃんと榊くんが考察してる中、私の方をキラキラした目で見てくる守り神さまが少し怖い。無言の圧だ。
「この微々たる回復、とても甘美じゃ。点滴みたいで愛い。弧守家全員を今すぐここに連れてこい」
「えっと」
「大丈夫じゃ。今なら三日ぐらい天候を操れるぞ」
何が大丈夫か分からないけれど、観念したお兄ちゃんがおじいちゃんとお父さんを呼びに行った。
「ぎゃー」
ゲーム配信部屋になってしまった守り神さまの部屋を見て、お父さんが腰を抜かしたのは防ぎようのない事故だった。
***
「ご飯、皆食べていく?」
神社の本堂はお祭り用の提灯や電灯が段ボールに入れられて壁側に並べられている。町内会や檀家さんが手伝ってくれてたんだろうけど、今年は手伝わなくて申し訳なく思った。
でも手伝ったらお年寄りの噂話やら私の未来やら高校についてやらあれこれ勝手に決めてくる人たちが多いので苦手な場ではある。
母が一人で捌いてくれて申し訳ない気持ちと関わりたくない気持ちで複雑だ。
「え、いいんすか」
「お腹ぺこぺこっす」
「いいわよー。カレー温めるだけだけど。残りだから足りなくなったらあれだし野菜の天ぷらと素麺も作るわね」
「お母さん、手伝うよ」
「俺も」
お兄ちゃんと私が立ち上がると母はちらりと、深刻な顔で守り神さまの祠を見ているお父さんとおじいちゃんの方を見る。
「お父さんたちはお祭りの準備してくれた皆に挨拶もしないで何してんの?」
「守り神さまが目覚めてて、お話し中なんだ」
「ふうん」
お母さんは全く妖が見えない人。私と同じで気配すらも感じないし、興味もなさそう。
修行すれば見えるようになると言われたけれど、しなかったらしい。
「まあ、いいわ。一矢くんと大輝くんは一応電話しておいてねー。榊くんはどうする?」
「あ、俺は手伝います。迎え来たら大輝くんと一矢くんも乗せていきます」
「そう?」
それ以上は追及せず、私はてんぷら粉を混ぜる係、お母さんが油の温度を調節しながら野菜を切って、お兄ちゃんがお湯を沸騰させて榊くんが野菜を切っていた。
上手に野菜を切るので驚いたけど、家でよくご飯を作っていたらしい。
「うちは両親共働きで帰ってくるのが遅かったんで」
「あらそうなの。今は?」
「……俺が妖を見るせいでリーモートワークに切り替えてこっちに引っ越してくれました。父はまだしばらく引継ぎがあるので一人で残ってますが」
「大変ねえ……。でも妖のせいで体調が悪くなってしまうなら親は子供優先にしてでも治したいものだからね」
「はい。感謝しています」
「おい、咲良、手が止まってんぞ」
「え、あ、はい!」
榊くんの話しに聞き入ってしまっていた。見えるだけで疲労してしまう榊くん。
はやく日常生活を安心して過ごせるようになるといいのに。
「お、カレーか。レンコンとカボチャの天ぷらは僕にもくれ」
「守り神様って天ぷら好きなの?」
「ああ。本当は甘口のカレーの方が好きじゃが、てんぷらも付けてくれるならばと毎回許している」
「へえ」
「あら、そこに守り神さま来てるの?」
「はい。カレーを覗き込んでいます」
カレーの匂いを嗅いで甘口じゃないのが不服そうだ。
「だったらお父さん達との話しも終わったのね。守り神様、暇なら呼んできて」
「え、神様って奉るくせに僕に命令するのか! 見えないくせになんと不届き者め」
「白夜はここで母さんがご飯作ってるの見たいんだよ。俺が呼んでくる」
怒っている守り神様を宥めていたので、天ぷら粉を混ぜ終えた私が代わりに行くことにした。
お父さんとお爺ちゃんは、守り神さまのゲーム配信部屋で自分たちのスマホを覗き込んで頭を掻いていた。
「お父さんたち、ご飯すぐできるよ」
「ご飯? 夏祭りの準備もしてるんだ。ご飯なんて残り物温めるだけでいいのに」
「私たちも手伝ったから大丈夫だよ」
でも確かにそうだ。これから忙しくなるから温めるだけのカレーとか作り置き手伝おう。
「ここの部屋見て怒らないんだね」
「うーん。銀王様が気に入ってこのままでいいって言うし」
「力が弱まっていたら封印して助けたかったが、本人が元気だし」
複雑そうに周りをみているお父さんたち。
まだ動画サイトで、うちの神社のアカウントを使って生配信したのはバレていないようだ。
「鈴音の君は流行りものが好きだからな。海外から文化が入ってきた数百年前から珍しそうに飛びついてたよ。あの尻尾の鈴からは文明開化の音が鳴るらしい」
「……? そう、なんだ?」
最後の方は意味が分からなかったけど、この部屋の改造は守り神さまリクエストって認識したらしい。間違ってはいない。
でも一から説明すると、子供だけで動画サイトで生配信したのばれて怒られてしまうかもだし、パソコン没収されちゃったら困るし、どこまで伝えよう。
「あのね、その、守り神さまなんだけど」
「ああ、大丈夫。多少のことは父さんたちも何も言うつもりないからな」
「今まで眠っておられた時間が長いだけじゃなく、起きているときはこの町の干ばつやら災害やらで力を消費して魂を削って守ってくださっている。今、こののんびりできるときに鈴音の君が守ってくださっている町を楽しんでもらいたいね」
「良かった!」
もっと怒られるか、この現状に頭を悩ませると思ったけど、一番は守り神さまが楽しんでいるってこと。今までこの町を守り続けてくれていることに比べたら、祠の中をゲーム配信部屋にしたりカレーの甘口をリクエストするぐらい問題ないよね。
生配信して千尋おばあちゃんとお話ししたことだって、さっさと非公開にして隠してしまえばバレない。ばれない。
「そうか。銀王様はパソコンやら動画に興味を持ったのか」
「わしらは最近触れるようになったばかりで詳しくないから、柊と咲良に頼むぞ」
「ま、任せて!」
本当だったら断りたかったけど、あの動画サイトからお父さんたちを遠ざけられるならば引き受けるしかない。
「あ、そうだ。お父さんたちは早苗お姉ちゃんと連絡とってる?」
メールの返事も手紙も来ないから多忙なのはわかる。
でもお姉ちゃんのおばさんたちは田舎から都会へいって、無事に都会の生活に慣れたのかなって。
ただ好奇心からそう聞いただけなのに、お父さんたちの周りの空気が固くなった。
明らかに冷たくなったというか、聞かれたくなさそうなのが伝わってくる。
「……お父さんたち、次は甘口のカレーでもいい?」
「ああ。銀王様優先でいいぞ」
「もちろん」
空気を換えるために話を変えたけど、私の中で少しずつ違和感が広がっていった。



