心臓が口から飛び出すかと思った。
「今年から運動会が六月から九月に変更になった件で、夏祭りに中学生も強制参加になりました」
先生の申し訳なさそうな話に、生徒がざわめきだした。
群から市に吸収されたそれは小さな小さな田舎町。日本で田舎ランキングがあればベスト三にははいるんじゃないかってぐらいのド田舎である、この町は人口三千八百人の小さな町。
私の住む六尾町は、最近まで携帯の電波が一部の地域にしか届かなかったほどのド田舎だった。電波塔が近くにないのでインターネットのWi-Fiさえも家にひくことができなかった。
私の家の神社の二階の御台といって、お祭りで神様へ踊りを奉納する台に上ると電波が二本付くので、携帯を買った高校生や大人達が御台に登るトラブルが相次いだ。清めを受けていない一般人が上がると祭壇を汚す行為になるので、町の消防団がパトロールする騒ぎになった。
それも昨年までの話で、昨年うちの神社に電波塔が建った。そのおかげでようやく一般家庭にもインターネットが普及した。うちの山がこの町で一番高く、ギリギリ電波が届くためにどうしても必要なために決断したと父が言っていた。
そのおかげで再びうちの神社に感謝のお参りをする若者達が増えたとか増えてないとか。
だって若者といっても小学校は全校十八人。
中学だって一年は五人、二年生は八人、三年生なんてたったの三人なんだもの。
小さな町で唯一のビッグイベントといえば、少しだけ観光客もくるうちの神社の境内を使った夏祭りの『御六尾の祭り』
その昔、この町が長引く日照りにより穀物と井戸が枯れ大飢饉に襲われたときに、神の使いの六尾の狐が天から舞い降り町の飢饉を救ってくれたらしい。
救ってくれた六尾の狐の神を祭る祭りでもあり、観光客を呼び込むためのお祭り。
中学生は盆踊りと神へ奉納する踊りへの強制参加が決まったのだけれど、ブーイングの嵐。
でもでもでも。
私は今、それどころではない。
勇気を出して、手を上げた。
「あの、私、私」
五人しかいないクラスで、視線が私に集まる。
小さな頃から知っている皆。だから、私が引っ込み思案で人見知りで、声が小さくて存在感がないのもわかっている。
皆が驚く中、震える声を絞り出した。
「私、放送委員やります」
先生が一瞬固まったあと首を傾げた。
「五人しかいないからローテで委員会のお仕事はしてるよね?」
先生はこの町に来て一年目だから、放送委員会の仕事内容を知らないんだ。
どう説明しようかあわあわしていると委員長をしてくれている陽葵ちゃんが挙手して立ち上がってくれた。
「運動会は、陸上競技場に集まって四校合同でするんです。文化祭とかマラソン大会とか。今回からは夏祭りもかな」
そう。ここは元大野群っていう群で、市に合併したばかり。元大野郡だった四校は小学校が合併する話もあったらしい。中学は合併が決まっている。
だから積極的に合併予定の中学は集まって話し合いが行われている。四校集まっても一学年三十人もいないけど、それでも集まったり話し合ったり色々と動かないといけない。
地元ローカルテレビにも出るしね。
三年になれば生徒会と称して皆で役割分担するけど、やってることはほぼ委員会のローテーションと同じ。ただ役割が固定されるだけ。
私はどうしても放送委員として合同中学と関わったり、運動会で放送係をしたい。
だから立候補した。保育園のころから知っている面々とはいえ、声が裏返るほど緊張していた。
「面倒な役割だから、咲良がしたいなら良いと思う」
「さんせーい」
「異議なし」
陽葵ちゃんが私に目配せしてくれた。
他の子達も部活や家の手伝いがあるもんね。
「じゃあお祭り等については弧守さんが主導でいいかしら」
先生に任されたのが嬉しくて二回も頷く。
最後のチャンスだったから心臓がバクバクしている。私たちの通う中学は私たち一年生が最後で閉校予定だ。今度こそ合併して大きな高校が建設中なんだから。
「良かった。先生じゃ教えてあげられないから、榊くんにも教えてあげてね」
榊くん。
その名前に、男子二人が窓の方を向いたり、鞄に筆箱や給食袋をいれたりと無関係を装う。
七月の初めに転校してきた珍しい男の子。
祭りのあとに来るよりも、町に溶け込めるように七月の初めにわざわざ転校してきたらしい。
ちらりと彼を見ると、興味なさそうにノートに何か書いている。
都会から来たので、訛っていない話し方。
サッカーをしていたとお母さんが言っていたけど、お兄ちゃんよりも高い身長に真っ黒に焼けた肌。田舎にはいない上品に整った顔立ちには、私も初対面では見とれてしまった。
持ってる物もここら辺では売っていないブランド品だったし、保育園からずっと一緒の皆と違って落ち着いていて、自分のことを何も話さないミステリアスな感じ。
二人しかいない男子は、親や先生から仲良くするように口酸っぱく言われたけれど、彼があまりに距離を置いて、こちらに興味を示さないので苦手意識が生まれたようでそそくさと逃げてしまう。
私も転校してきたのにまだまともに話したことは無い。
おじいちゃんやお父さんと何か話していたけど内容までは知らないしね。
「あの、榊くん、よろしくね」
おずおずと声をかけるけど、ちらりと視線をぶつけてきて、会釈するだけだった。
一応、もうすぐ同じクラスになって一ヶ月なんですけど……。
誰にも興味なさそうな一匹狼だから、私にだけこんな態度って分けじゃないけどね。
でも嬉しい。
放送委員担当することになった。
このままローカルテレビデビューまで頑張ろう。陽葵ちゃんが帰りの準備をしていたので急いで駆け寄った。
「さっきはありがとう」
「仕方ないよ。夢への第一歩だしね」
お祭りで放送案内して、ローカルテレビでちょっとでもテレビに出る。
それが引っ込み思案で自分に自信のない私ができる第一歩だ。
「じゃあ私は妹たち迎えに行くから」
「うん。頑張ってね」
私以外の皆はとっくに部活か校門まで向かっている。
私も慌てて筆箱と宿題のプリントだけカバンに入れて教室を飛び出した。
**
遠くで二連の短い電車が通る音がする。
二時間や三時間に一度通るバス亭は、ベンチに雑草が巻き付いていたり、木造のやめが半分は腐り落ちていたり、またはやっと新しくしてもらってピカピカの屋根とベンチだったり。
この町の主な収入源は、林業と田んぼ。駅の近くに研究所があって木の病気と治療について研究していたり、森林汚染の食い止めをなんちゃらかんちゃら。
そんな研究所があるのに、木を伐採する音は学校の授業中でも聞こえてくる。
だってこの町は山に囲まれた、山の檻の中に存在するんだから。
それ以外は田んぼ。学校から見えるのは田んぼ。家から見えるのも田んぼ。
駅前に小さな商店街と八時に閉まるコンビニがあるぐらい。
「あれ?」
田んぼしかない道のなか、遠くに見えるのは立ち尽くしている榊くんだ。
何もない田舎では大きな身長の榊くんは目印みたいに見つけやすい。
部活も入ってないみたいだし、転校してきたから家のお店を手伝ったりとか、田んぼのお手伝いがあるわけでもなさそうなのに、帰ったら何をしてるんだろう。
彼の家はこの田舎で唯一の煉瓦つくりのお洒落な家だ。和風な家しかない中で、異質なほどの洋館で、下手したら観光名所になりそう。
「さ、榊くん」
追い越しそうなほど近づいたけど、無視をするのもクラスメイトだし変かなって思ったから声をかけた。
彼に町のお祭りについても教えなきゃいけないしね。
「榊くん?」
もう一度名前を呼ぶと、彼は道の真ん中で宙を睨みつけながらこちらを見る様子もない。
「なにしてるの? あのね、お祭りなんだけど」
近づいてよく見ると、榊くんの顔は真っ青だった。
「大丈夫? もしかして体調が悪」
「うるさい」
うるさい?
言葉を遮るような彼に冷たい言葉に固まった。
「誰も俺に話しかけるな」
私から距離を取るように道を迂回すると、速足で歩いて行った。
この一本道で、あんなこと言われたまま彼の後ろを歩いて行くなんて気まずい。
私、そんなうるさい声だった? 授業中は小さすぎて聞こえないって評判の小さな声だし、それにお祭りは先生に頼まれたから話しかけたことなのに。
「……どうしよう。泣きそう」
そんな冷たい言葉を向けられたことが初めてで、吐きそうなほど頭がくらくらした。
「お、おねえちゃんにあいたい」
吐き気を止めるために急いで携帯を開いて、待ち受けを眺める。
憧れの従妹のお姉ちゃんの顔を見て、急いで涙をひっこめた。
*
自分が育った町が封鎖的で、超が付く田舎だったと知ったのは最近だ。
森の中にある、浄瑠璃神社の長い階段を上がる。
百八段と煩悩の数の階段を上り終え、閑静な森の中、大きな狛犬たちの間を通り、神社の中へ入って行く。
境内へ行く前に家に帰って自分の部屋にカバンを置いた。
そして冷蔵庫をあけてカレーが入った鍋を確認すると、お茶を飲む。
炊飯器のご飯は六時に炊けるのも確認した。
高校生の兄は、電車で隣町の高校へ行っているので帰るのは七時を過ぎる。
おじいちゃんとお父さんは今日は隣町にお仕事。
母は夏祭りの準備で町内会。
カレーを温めて食べてねと言われていたので、家には誰もいない。
だから私は家から出て、神社へ向かって祠の前の池の中を眺めた。
別に誰にも見られないならどこでもよかったんだけど、庭園を横切るように作られている池と大きな神木の陰になっている祠の前が静かで涼しい。
そこでパソコンを取り出して、おねえちゃんの新作動画を見るのが日課だ。
家でもいいんだけど、親が部屋にノックなしで入ってくるから気が休まらないので、ここがいい。
憧れのお姉ちゃんは、高校の放送コンテストでテレビに出てからスカウトされて、今は東京にいる。声が綺麗で目も大きくて、可愛いお姉ちゃん。
部活ばっかで遊んでくれなかったお兄ちゃんと、お仕事や町内会の係で忙しい両親。
境内で一人で遊んでいた私を一番かわいがってくれていたお姉ちゃん。
スカウトされて、この田舎だと何もレッスンやらオーディションやら撮影に向かえないからと家族全員で東京へ引っ越した。
さみしいけれど、毎日上げているダンスの動画を見るのが楽しみだ。
「今日の洋服も可愛いなあ」
うちの商店街にはお年寄りようの服は売ってるけど、子供服は売ってない。
でもお姉ちゃんが着ているような淡い色のワンピースや、短パンに英字シャツのお洒落な服なんて、隣の大型スーパーにも売っていない。
お姉ちゃんの動画を見るようになってから、私の住むこの町がどれだけ不便でどれだけ田舎か思い知った。
お兄ちゃんはこの神社を継ぐって言ってたけど、私はこの神社の守り神も見えないような、巫女の才能もないし、お姉ちゃんみたいに放送コンテストでスカウトされて芸能界デビューとか淡い夢を見てしまう。
もしかしたら、その……地方テレビだけど夏祭りで私が放送しているところを有名なディレクターが見て、スカウトしてくれるかもしれないし。
そんな甘い夢は無理としても、ここで経験を積んでおけば高校で放送部に入りたい言い訳とか親に説明しやすいもん。
お姉ちゃんみたいな職業に憧れるなんて、私みたいな平凡な中学生が夢見てるとか口にしたら笑われそうで言い出せない。
お姉ちゃんの動画サイトにファン登録して、毎日更新を楽しみにしている今のままは楽でいいけどさ。
でもお父さんやお爺ちゃんみたいに守り神さまの声が聞えたり、巫女の力があるわけでもないし、将来何をしたいのか少しでも自分なりに考えてるんだよね。
この田舎で働く場所なんて木を切るか、田んぼを耕すかだから。
だから私はーー。
うっとりと目を閉じて、夢を描こうとした時だった。
リンッ
鈴の音が小さくなった。
まるで小動物のようなかすかで小さな音。
リンリンリンッ
だんだんと大きく鳴っていく音。
座っている地面が、地響きのように揺れている気がした。
音がするのは、後ろ。
守り神さまの眠っている祠の方からだった。
リーーーーーーン
まるで除夜の鐘のような大きな音と共に、祠の中が光り輝く。
ぶわっと風が舞って祠の戸が開くと、祠の中から紙切れが風と共に待って私の元へ飛んでくる。
「まぶしいっ」
夏の太陽の空の下、その太陽よりも祠の中がまぶしかった。
勢いよく飛んでくる風と共に、どこか懐かしい香りがする。
嗅いだことがある懐かしい香り。
昔から夕暮れの誰もいない境内から漂ってくる香りだ。蝉の声が鳴り響く日だった。
「ってそんな場合じゃなかった」
ずっと祠の中から風が吹いているけど、閉めなくちゃ。
祠には守り神さまが眠っているといわれ、落ち着いて眠れるようなスペースがある。
鳥居を四つ潜り抜け、祠の開いた扉を手で絞めようとして固まった。
私が戸を掴んだと同時に風がやみ、ひらひらと紙切れが舞い落ちてくる。
「……えっ」
祠の中には、なぜかさきほど分かれたはずの榊君が立っていた。
「ごめ、……俺、弧守さんに謝りに来たんだけど、ここから弧守さんの声がしたから……」
青ざめたイケメンこと榊くんが破れた御札と紙垂を持って呆然としている。
「その御札……」
力が弱まって眠っている妖狐の神を封印している御札だった。
けたたましく蝉が鳴く。
中で回っていた扇風機は熱風に代わり、冷房の音がガタガタと古びた神社を揺らしている。
青ざめた私と榊くんは破れた御札が貼られた祠を見つめる。
「あ、でもその、おじいちゃんとかお父さんしか守り神さまは見えないから。その、力がない人がお札破いても、守り神さまは気づかないって」
お兄ちゃんは修行すればお父さん達みたいに守り神さまと話せるようになるって言ってたけど、今はずっと野球少年だから力はほぼないって言ってた。
全く見えない感じない私には、本当にそんな力をもっているのか不思議だったけど、でもさっきは流石に音は私にも聞こえた。
「力がある人が封印を破いたらどうなるの?」
「え、力がある人?」
それは分からない。
だってこの祠が開くのを私は今まで見たことがなかったから。
誰も近づかないからこそ、私はここを穴場にしていたんだし。
「あんたならわかるだろ? 俺は妖が見える人だよ」
「ちょっとまって。私は確かに神社の娘だけどーー」
見える力はないよって言おうとした。
それなのに、祠がカタリと動いたので、私たちはそちらに目を向ける。gy
ガタガタとゴトゴトと音は段々と大きくなって、そして白くて小さな手が戸を開くのをスローモーションのように眺めていた。
「なんで、僕を起こしたの?」
真っ赤な瞳がまるで宝石のように輝く妖狐が、今にも消えそうな絞り出した声で言うと、ふらふらと倒れた。
六尾のしっぽにはすべて鈴が付けられている。
先ほどリンリン鳴ったのは、この鈴だったのかな。
蝉の声にかき消されるような、儚い声。
白く欲しい手足に、驚くほど綺麗な尻尾が六つ。榊くんが慌てて助け起こすと、彼は薄く開いた唇から零れ落とすように言った。
「足りない。僕への信仰が足りなすぎて、今すぐにでも消えてしまいそうだ」
苦しそうに顔を歪めて、今にも消えそうに彼は言う。
「どう、どうしたらいいんだ、弧守さん」
「そんな、私もその」
父や兄からしか聞いてこなかった伝説級の守り神が、榊くんの手によって封印が解除されちゃったんだ。
あたふたしているとパソコン機器を持った兄が渡り廊下の奥から走ってくる。
「咲良! 今の妖気はなんだ!」
まだ部活中のはずである兄が、パソコンを私に押しつけると今にも消えそうな妖狐を見て息を飲んだ。
「白夜!」
兄が榊くんから奪い取るように妖狐を抱きかかえると、妖狐の身体が淡く光り輝いた。
「……力が出ない。今すぐ僕を眠らせるか、千尋をここに寄越せ」
「千尋ばあちゃんは入院中で、俺は眠らせる力がないからなあ。じいさんも父ちゃんも島の豊作の祭りに呼ばれてて」
「……どうにかしろ」
しゅるしゅると小さな白い狐になると兄の首に巻き付いた。
けれど息は切れ切れで、苦しそうだ。
「お前らなあ……」
兄の低く唸るような声は明らかに怒っていて、そしてその狐の容態を心配していた。
「お兄ちゃん、どうしてここに」
「今日は昼前に三十三度超えたから外でやる部活は全面禁止になってさ、バスで帰ってきてきたら、すげえ神社が静かだから」
静か?
蝉の音がけたたましくてさっきまで鈴の音や風まで吹いていてうるさかったのに。
「お兄ちゃん、その首に巻き付いているのは?」
「あれ、咲良って白夜のこと見えてたっけ?」
「その狐の名前が白夜ってこと?」
クエスチョンマークを浮かばせて首をかしげると、お兄ちゃんが小さく笑う。
「守り神の名前だよ。俺は白夜って呼んでる。見えるようになったら呼び名をつけて心を通わせるのが、弧守家の伝統なんだって」
「そうなんだ……」
じゃあお兄ちゃんは私が知らないうちに、守り神さまと交流していたんだ。
兄の首巻き付く小さな狐は、銀色の美しい毛皮で私が今まで見た中で一番美しい狐の姿をしている。
でもお父さん達も私は見えたり感じりしないって小さいころに気づいてくれて、神社のしきたり等からは遠ざけてくれていたのにどうして今更見えるようになったんだろう。
この町を守ってくれた六つの尻尾を持つ狐の神様は、ここの人口が減るとともに感謝してくれる信者がいなくなって力が弱くなっていったって聞いた。守り神様が消えてしまうと、この地を守ってくれていた力自体がなくなってしまうからと深い眠りについたので、そのご神体を弧守家が代々守ってきたはず。
「弧守さんが神様みえるようになったの俺のせいかも」
散らばったお札を集めながら、申し訳なさそうに話に割り込んできたのはイケメン榊くん。
普段無表情なのに、そんな申し訳なさそうな顔ができたんだ。
「なんで榊くんのせいなの?」
「さっきも言ったじゃん。俺、妖とか見えるしおびき寄せちゃうんだよ」
まるで、今日は暑いねっていうぐらい日常会話のように話してくるけど、妖が見える?
驚いて榊くんを見ると、ちょっとだけ体が震えていた。
「さっきも学校の帰りに黒い影が横切ってきて、気分悪くてさ。弧守さんに酷い対応した」
「あ……そうだったんだね」
私が嫌いとか興味がないとか生理的に無理とかじゃないなら良かった。
「お兄ちゃんみたいに見えるように修行する人もいれば、見えちゃう人もいるんだね」
「見えてもお祓いしたり結界を作れない人には、毎日がお化け屋敷ってことだよ」
お兄ちゃんが申し訳なさそうに俯く榊くんの肩を叩いた。
「悪いな。親父やじいちゃんがいないけどさ、ここは白夜のための結界と白夜が作った結界があるからちょっとは楽かもよ」
家においでと兄に言われて榊くんは頷いた。
でもお兄ちゃんの首に巻き付いている守り神さまも心配だ。
「あの、守り神さまは何か楽になるお札とか結界とかないの?」
「それはたった今、壊されただろ」
散らばった花びらのような紙切れは全部お札だ。部屋中に貼っていたのかもしれない。
「それは歴代の当主が俺につけてくれた名前が書かれた札だ。俺への忠誠心が込められてるから意味がある」
歴代の当主が書いたってことは私が書いても意味がないってことか。
「うーん。応急処置で俺も書いてみるか」
「お前はまだ当主に認めてないからな」
「減らず口め」
札を取りに本殿に向かう兄と祠から出ようとしてへなへな倒れる守り神さま。
慌てて抱きかかえると想像以上に重くてよろけた。
でも冷たくて、毛皮はさらさらつやつやしていて心なしか淡く輝いているように見える。
「お前、そっちの男子はなにか? 恋人か?」
「こっ恋人どころか友達にもなれてないです!」
こんなイケメンが私と恋人になりたいとも思えない。
「そうか。でも能力はありそうだぞ。こいつが僕を信仰したら、眠らなくていいぐらい体力が回復しそうだ」
「本当? だってよ! 榊くんっ」
妖が見えるってすごい力なんだ。
兄は修行して見えるようになったみたいだし、お父さんたちは最初から見えたって言ってたけど、人によって能力が違うんだ。
「……無理。俺を助けてくれるなら、神様だと思えるけど」
助けてくれるなら?
「榊くん、この田舎に来たのって守り神さまに助けてもらうためなの?」
だったら全部納得がいく。
こんな不便で何もない田舎に都会からこんな格好いい男の子が来てくれるなんて、おかしいとおもったんだ。
「できたできた、白夜、ほれ」
本殿で清めているお札に、力いっぱいはみ出しそうなほど元気な字で『白夜』と書かれた札。
守り神様から大きなため息が零れる。
「お前、もう少し雅な字は書けないのか」
「習字は正座が苦手ですぐやめたんだ」
どや顔で言いながら、お札を祠の柱に張り付ける。
リンっ
守り神さまの尻尾から小さく鈴の音が鳴ったけれど、反応はない。
「どうだ?」
「ん。蚊に刺された程度。かゆみがなくてマシぐらい」
うなだれる兄には悪いけど、分かる気がする。
だって兄は野球ばっかで、修行していたの見たことないもん。
「それよりも咲良、お前の持っているその書物はなんだ」
「書物?」
私が持っているのは書物ではなく、ノートパソコンだ。
お姉ちゃんの動画が停止された状態で閉じてしまっていた。
「これ小学校の卒業祝いで買ってもらったパソコンで」
「それ、うちの山の木から作った書物か? 微力だが俺と同じ匂いがする」
「全然。隣町の電気屋で買ったし」
兄と私と守り神様は右に首を傾げた。
うちの山と同じ?
「ん。包み込むように流れていく。これはなんだ? ビリビリするな」
目を閉じて守り神さまがパソコンに触れた。
するとパソコンが淡く光り出した。
まるで妖気が放たれたような不思議な光。
「この妖気が町に流れるようになってから眠りが深くなったし、神社に感謝する奴らがふえたんだけど」
何の事かとさらに首をかしげていたら、榊くんが小さく「あっ」と振り返った。
「これじゃないですか、電波塔」
「電波塔?」
私たちが見上げたのは、携帯の電波を通してくれた町の要である電波塔だ。
でもそれがどうして守り神さまと関係があるの?
「この電波に微量ながら白夜の力が流れてる気がする」
最初に気が付いたのは兄だった。
「そうなの?」
「うちの親が許可したろ? 柱を置いた場所がこの神社の周りに結界を貼るように置いてあるんだ」
「ええ?」
そんな話初めてで驚いていると、榊くんが納得したように頷いた。
「確かに電信柱に寄り掛かると気分が少し良くなってたきがする」
「もしかして、白夜の結界を強化するためでもあったのか。だからこの神聖な山に電波塔を許可したのかな」
全部私たちの推理でしかない。
だってお父さんたちが祭事で向かった町はうちの電波塔が届かないので、電波がさらにつながらない田舎。聞こうにも電話が通じない。
父たちが電波が届く場所に移動してくれるか、直接役所か会場に電話するしかない。
「なるほど。だから感謝しにお参りに来た奴らが増えたのか。僕への感謝が増えれば増えるほど、僕の力も戻るから。今はお前たちぐらいに身体も戻ってきた」
「そうなの?」
「そうだな。俺が初めて白夜を見たときは赤ん坊だった」
じゃあこの姿は本来の姿ではないんだ。
しかももし守り神さまの話しが本当あらば、常に電波に乗せて結界を貼ってくれているってことだ。
だから今まで眠りながら体力をキープしていたのならば、起きているのはご神体に悪い。
でもお父さんたちみたいに封印してくれる力の人もいないんだ。
「誰か僕の姿を見れて、僕のことを心から信仰している奴に参拝させるか札を書かせなきゃ電波止めるぞ」
「それは駄目!」
今までスマホの電波が届かなくてどれだけ不便だったと思ってるの。
例をあげたらキリがないほどの被害がある。
それは兄も一緒で何度も頷いている。
「じゃあ僕の信者の千尋か、弧守家のじいさんたちを呼ぶんだな」
「あの、さ、作戦タイム!」
このままでは守り神さまのペースに流されそうだったので、兄の首に巻き付いたままの守り神さまと離れる。
千尋おばあちゃんは境内の階段で転んで足を骨折して病院に入院中だ。
連れてこれるわけないし、足の固定を外すまでは三か月かかる。
お父さんたちのどちらかを呼び戻すのが正しい。それか数日我慢してくれたら帰ってくる。
「あの、弧守さん」
考えていたらキラキラ輝く顔面に固まる。
うわあ……榊くんって近くで見たら神様レベルに顔面が良い。
この田舎では見たことのないレベルで整っている。
「俺、本当に祠の中から君の声が聞こえてさ。封印を解除するつもりなくて、中にいると思って開けちゃったんだ。ごめん」
申し訳なさそうな顔すらもキラキラなオーラをまとっている。
「大丈夫。もしかしたら榊くんは守り神さまに誘われちゃったかもね。声が聞えたり見える人って珍しいから、守り神さまがわざと封印を解除させようとかして」
わざと……?
だって眠っていた方がご神体にはいいんだからわざと起こす必要はないんだ。
じゃあなんで私の声を使って榊くんに祠を開けさせたんだろう。
兄や私だったら開けても歴代の当主や巫女のお札は破れなかった。
榊くんにそうさせる必要があったの?
「関係ないかもだけど、俺は妖のたぐいに触れたり近づかれると倒れたり、気分が悪くなってさ。あまり学校も行けてなかったんだ」
「そうだったんだ……。私たちに興味がなかったのは、色々理由があったんだね」
「学校もこの町も、今までいた都会よりも気分はよくあったけど、やっぱ偶に触れちゃうからずっと気を張ってて」
申し訳なさそうに謝る榊くんには申し訳ないけど、伏し目がちな目で謝るとイケメンって色っぽいなっとか思っちゃう。
「皆話せばわかってくれるよ。保育園から一緒だから分かるけど、あんま皆深く考えないし。それよりどうしてこの町に来たの? 都会でお父さんやら守り神さまは有名なの?」
すると榊くんは私が持っているパソコンを指さした。
「それ……そこのお天気アイドルの弧守早苗」
「従姉のお姉ちゃんだよ」
高校の放送コンテストでその綺麗な声でスカウトされ、東京に行ってからは芸能活動をしていたお姉ちゃん。手紙の返事は来ないけど、私は今も応援している。
「その人が気分が悪くて駅前で倒れていた俺を助けてくれたんだ。その時に、この人が着た瞬間に悪い妖気が全部吹っ飛んで、急に晴れになった。都会ではどんな雨の日もこの人が晴れだといえば晴れるって言われてて」
「そうなんだ!」
じゃあお姉ちゃんも弧守家の才能があったんだ。
「その人の出身地がここで、同じ名前の神社があったから電話したら、俺の体質を助けてあげられるかもしれないって言われて転校してきた」
だから父と話していたんだ。
色々と繋がってきた。
「ふん。早苗な。あいつはこの町を捨てたのに、お前はいつまでも愚かだな」
「守り神さま?」
「そいつがこの町を出ず、僕の信者になっていれば電波塔なんて必要なかったのに。お前に手紙の返事がないのが証拠だ」
守り神さまの言葉に、さっと兄も視線を逸らした。
……そうなの?
お姉ちゃんから手紙の返事がないのも、電話がつながらないのも、手紙に何回もメールアドレスやメッセージアプリのIDを送っても反応がないのは、忙しいからじゃなくて別の理由があるの?
兄もフォローせずあわあわしているから、お姉ちゃんが都会に言った理由を知っていたのかもしれない。
何も知らずに待ち受けにお姉ちゃんとのツーショットを設定していたり、毎日更新している動画サイトをチェックしている私は滑稽かもしれない。
「……なるほど」
戸惑っていた私の代わりに、守り神さまを真っ直ぐ見て話しだしたのは榊くんだ。
「貴方はとても寂しがりなんですね」
寂しがり?
「いなくなった早苗さんに対して、怒りというよりもこうやって力を失うほど悲しんでいる」
何かに気づいたような不敵な笑みの榊くんに、守り神さまは急に張り詰めたピアノ線のように緊張感を走らせた。
お兄ちゃんの肩で丸まっていた身を起こし、ふわりと立ち上がるとまた人間の形になった。
「やめた。黙って大人しく封印されるのはやめた」
「どういうことだ」
戸惑うお兄ちゃんに、守り神様はだたっこのようにそっぽを向く。
「お前の親父やじいさんみたいな封印は、眠る前につまんない辞書を読ませて退屈になって眠らせるようで不満だったんだ。今回は、疲れ切って自分から眠りたいって思うまで寝てやらん」
ふわふわ飛んで私や榊くんの顔をじろじろ見た後、祠の床を指さした。
「まずは寝る場所じゃ。こんな板の上で僕を寝かせるな。西洋のベッドがいい。布団を持ってきたら電波塔を破壊するぞ」
「ベッド?」
うちは親せきや県外からお参りに来た人ようにお客様布団は沢山ありそうだけどベッドは置いてないよ。私だってお父さん手作りのベッドなのに。
「そのパソコンで調べて白夜に見せてやれ、現実を」
「あ、そうか」
パソコンで通販サイトを開くと、守り神さまも横で興味津々で覗いてきた。
なので通販サイトでベッドを検索すると、「おお、これじゃ」と天蓋付きのベッドに目を輝かせた。
でもうちは配達範囲外になっている。
「これも、これもこれもこれも。どうして範囲外なんじゃ」
「それは田舎だからですね。あ、でも近くのお店まで配達してくれるから取りにいくならできます。隣の県ですが」
どれも届けてくれるところはない。
段ボール程度の荷物や本棚ぐらいなら配達してくれるけど、高級な輸入家具を扱ってくれているサイトが見つからない。
「嫌じゃ。ベッドじゃ。ベッドを用意しないと数日のうちにこの電波塔を破壊してやる!」
「それってお兄ちゃんどうなるの?」
「インターネットは使えなくなるけど、携帯の回線は弱くなるけど使えるよ。うちの御台やら、家の二階の屋根では回線は繋がる」
また清めてない人が神社の御台に集まってしまうのは守り神さまにも大ダメージだ。
それにインターネットが使えなくなうのはいやだ。
なんとしても守り神様のご機嫌を回復しなくては。
「あとそこの、他人」
「榊です。榊 絢人です」
転校してきたときに黒板に書かれていた絢って確か漢字が可愛いなって思ってたんだよね。イケメンは名前も綺麗だ。
「お前は僕が守っているこの土地だけで安心していても井の中の蛙大海を知らずだぞ。自分でコントロールできないと井の中に逃げ込んできた僕の栄養源になるだけだ」
「おお、なるほど」
榊くんは、そう考えればそうだなと感嘆の声を上げていた。
「そこの弧守家の原石に習うように。僕はそうだな」
守り神さまは私のパソコンを見ると、その中に吸い込まれていった。
「しばらくこの中にいる」
パソコンの画面には、いろんなアイコンを端に押しのけて真ん中で寝転ぶ守り神様。
しばらくは寝心地が悪く文句を言っていたけれど、定位置が決まると寝息を立て始めた。
お兄ちゃんがそーっと置けというので、祠の中に静かに置いた。
でも充電が持たないので、コードを引っ張ってくるか自分の部屋に持って帰りたい。
というか、お姉ちゃんの動画を見ていた途中だったのに見れなくなってしまった。
「帰ります。その、すみませんでした。後日また謝罪にきます」
兄に頭をさげた榊くんが私の方へ振り返る。
「あのさ、商店街に家具屋さんってある?」
商店街……と言っていいのかな。小さな農協のスーパーと電球や電池しか売っていない電気屋、偶に賞味期限が切れてるから要チェックの駄菓子屋兼文房具屋、予約限定のケーキ屋というかお饅頭屋しかない。一応、ホームセンターがあるけど森林開発系や農業系の道具しか売っていないはず。
「ないけど、私のベッドを作ったときは木材分けて貰って、設計図を電気屋のおじちゃんに作ってもらったって言ってた」
「電気屋?」
「工業高校出身で学校で作ったことあったんだって。お兄ちゃんは商業高校だから無理だけど、電気屋なら同じクラスの大輝くんの家だよ」
学校の部品発注以外のお仕事は、偶に屋根の修理とかもしてくれてるし暇を持て余してそう。
「なるほど。ありがとう」
何か深刻に考え込みながら榊くんは帰っていく。
あんなに考えこんでたら、悪い妖気が近づいてきても気づかなそう。
「えーっと」
神社の本堂へ向かって、清め済みのお守りを持って榊くんを追いかける。
厄除けのお守りを彼に渡すと、転校してきて初めて彼の笑顔を見ることができた。
微笑むようなたどたどしい笑顔だけど、でも顔が良いので見とれてしまったのは言うまでもない。
「今年から運動会が六月から九月に変更になった件で、夏祭りに中学生も強制参加になりました」
先生の申し訳なさそうな話に、生徒がざわめきだした。
群から市に吸収されたそれは小さな小さな田舎町。日本で田舎ランキングがあればベスト三にははいるんじゃないかってぐらいのド田舎である、この町は人口三千八百人の小さな町。
私の住む六尾町は、最近まで携帯の電波が一部の地域にしか届かなかったほどのド田舎だった。電波塔が近くにないのでインターネットのWi-Fiさえも家にひくことができなかった。
私の家の神社の二階の御台といって、お祭りで神様へ踊りを奉納する台に上ると電波が二本付くので、携帯を買った高校生や大人達が御台に登るトラブルが相次いだ。清めを受けていない一般人が上がると祭壇を汚す行為になるので、町の消防団がパトロールする騒ぎになった。
それも昨年までの話で、昨年うちの神社に電波塔が建った。そのおかげでようやく一般家庭にもインターネットが普及した。うちの山がこの町で一番高く、ギリギリ電波が届くためにどうしても必要なために決断したと父が言っていた。
そのおかげで再びうちの神社に感謝のお参りをする若者達が増えたとか増えてないとか。
だって若者といっても小学校は全校十八人。
中学だって一年は五人、二年生は八人、三年生なんてたったの三人なんだもの。
小さな町で唯一のビッグイベントといえば、少しだけ観光客もくるうちの神社の境内を使った夏祭りの『御六尾の祭り』
その昔、この町が長引く日照りにより穀物と井戸が枯れ大飢饉に襲われたときに、神の使いの六尾の狐が天から舞い降り町の飢饉を救ってくれたらしい。
救ってくれた六尾の狐の神を祭る祭りでもあり、観光客を呼び込むためのお祭り。
中学生は盆踊りと神へ奉納する踊りへの強制参加が決まったのだけれど、ブーイングの嵐。
でもでもでも。
私は今、それどころではない。
勇気を出して、手を上げた。
「あの、私、私」
五人しかいないクラスで、視線が私に集まる。
小さな頃から知っている皆。だから、私が引っ込み思案で人見知りで、声が小さくて存在感がないのもわかっている。
皆が驚く中、震える声を絞り出した。
「私、放送委員やります」
先生が一瞬固まったあと首を傾げた。
「五人しかいないからローテで委員会のお仕事はしてるよね?」
先生はこの町に来て一年目だから、放送委員会の仕事内容を知らないんだ。
どう説明しようかあわあわしていると委員長をしてくれている陽葵ちゃんが挙手して立ち上がってくれた。
「運動会は、陸上競技場に集まって四校合同でするんです。文化祭とかマラソン大会とか。今回からは夏祭りもかな」
そう。ここは元大野群っていう群で、市に合併したばかり。元大野郡だった四校は小学校が合併する話もあったらしい。中学は合併が決まっている。
だから積極的に合併予定の中学は集まって話し合いが行われている。四校集まっても一学年三十人もいないけど、それでも集まったり話し合ったり色々と動かないといけない。
地元ローカルテレビにも出るしね。
三年になれば生徒会と称して皆で役割分担するけど、やってることはほぼ委員会のローテーションと同じ。ただ役割が固定されるだけ。
私はどうしても放送委員として合同中学と関わったり、運動会で放送係をしたい。
だから立候補した。保育園のころから知っている面々とはいえ、声が裏返るほど緊張していた。
「面倒な役割だから、咲良がしたいなら良いと思う」
「さんせーい」
「異議なし」
陽葵ちゃんが私に目配せしてくれた。
他の子達も部活や家の手伝いがあるもんね。
「じゃあお祭り等については弧守さんが主導でいいかしら」
先生に任されたのが嬉しくて二回も頷く。
最後のチャンスだったから心臓がバクバクしている。私たちの通う中学は私たち一年生が最後で閉校予定だ。今度こそ合併して大きな高校が建設中なんだから。
「良かった。先生じゃ教えてあげられないから、榊くんにも教えてあげてね」
榊くん。
その名前に、男子二人が窓の方を向いたり、鞄に筆箱や給食袋をいれたりと無関係を装う。
七月の初めに転校してきた珍しい男の子。
祭りのあとに来るよりも、町に溶け込めるように七月の初めにわざわざ転校してきたらしい。
ちらりと彼を見ると、興味なさそうにノートに何か書いている。
都会から来たので、訛っていない話し方。
サッカーをしていたとお母さんが言っていたけど、お兄ちゃんよりも高い身長に真っ黒に焼けた肌。田舎にはいない上品に整った顔立ちには、私も初対面では見とれてしまった。
持ってる物もここら辺では売っていないブランド品だったし、保育園からずっと一緒の皆と違って落ち着いていて、自分のことを何も話さないミステリアスな感じ。
二人しかいない男子は、親や先生から仲良くするように口酸っぱく言われたけれど、彼があまりに距離を置いて、こちらに興味を示さないので苦手意識が生まれたようでそそくさと逃げてしまう。
私も転校してきたのにまだまともに話したことは無い。
おじいちゃんやお父さんと何か話していたけど内容までは知らないしね。
「あの、榊くん、よろしくね」
おずおずと声をかけるけど、ちらりと視線をぶつけてきて、会釈するだけだった。
一応、もうすぐ同じクラスになって一ヶ月なんですけど……。
誰にも興味なさそうな一匹狼だから、私にだけこんな態度って分けじゃないけどね。
でも嬉しい。
放送委員担当することになった。
このままローカルテレビデビューまで頑張ろう。陽葵ちゃんが帰りの準備をしていたので急いで駆け寄った。
「さっきはありがとう」
「仕方ないよ。夢への第一歩だしね」
お祭りで放送案内して、ローカルテレビでちょっとでもテレビに出る。
それが引っ込み思案で自分に自信のない私ができる第一歩だ。
「じゃあ私は妹たち迎えに行くから」
「うん。頑張ってね」
私以外の皆はとっくに部活か校門まで向かっている。
私も慌てて筆箱と宿題のプリントだけカバンに入れて教室を飛び出した。
**
遠くで二連の短い電車が通る音がする。
二時間や三時間に一度通るバス亭は、ベンチに雑草が巻き付いていたり、木造のやめが半分は腐り落ちていたり、またはやっと新しくしてもらってピカピカの屋根とベンチだったり。
この町の主な収入源は、林業と田んぼ。駅の近くに研究所があって木の病気と治療について研究していたり、森林汚染の食い止めをなんちゃらかんちゃら。
そんな研究所があるのに、木を伐採する音は学校の授業中でも聞こえてくる。
だってこの町は山に囲まれた、山の檻の中に存在するんだから。
それ以外は田んぼ。学校から見えるのは田んぼ。家から見えるのも田んぼ。
駅前に小さな商店街と八時に閉まるコンビニがあるぐらい。
「あれ?」
田んぼしかない道のなか、遠くに見えるのは立ち尽くしている榊くんだ。
何もない田舎では大きな身長の榊くんは目印みたいに見つけやすい。
部活も入ってないみたいだし、転校してきたから家のお店を手伝ったりとか、田んぼのお手伝いがあるわけでもなさそうなのに、帰ったら何をしてるんだろう。
彼の家はこの田舎で唯一の煉瓦つくりのお洒落な家だ。和風な家しかない中で、異質なほどの洋館で、下手したら観光名所になりそう。
「さ、榊くん」
追い越しそうなほど近づいたけど、無視をするのもクラスメイトだし変かなって思ったから声をかけた。
彼に町のお祭りについても教えなきゃいけないしね。
「榊くん?」
もう一度名前を呼ぶと、彼は道の真ん中で宙を睨みつけながらこちらを見る様子もない。
「なにしてるの? あのね、お祭りなんだけど」
近づいてよく見ると、榊くんの顔は真っ青だった。
「大丈夫? もしかして体調が悪」
「うるさい」
うるさい?
言葉を遮るような彼に冷たい言葉に固まった。
「誰も俺に話しかけるな」
私から距離を取るように道を迂回すると、速足で歩いて行った。
この一本道で、あんなこと言われたまま彼の後ろを歩いて行くなんて気まずい。
私、そんなうるさい声だった? 授業中は小さすぎて聞こえないって評判の小さな声だし、それにお祭りは先生に頼まれたから話しかけたことなのに。
「……どうしよう。泣きそう」
そんな冷たい言葉を向けられたことが初めてで、吐きそうなほど頭がくらくらした。
「お、おねえちゃんにあいたい」
吐き気を止めるために急いで携帯を開いて、待ち受けを眺める。
憧れの従妹のお姉ちゃんの顔を見て、急いで涙をひっこめた。
*
自分が育った町が封鎖的で、超が付く田舎だったと知ったのは最近だ。
森の中にある、浄瑠璃神社の長い階段を上がる。
百八段と煩悩の数の階段を上り終え、閑静な森の中、大きな狛犬たちの間を通り、神社の中へ入って行く。
境内へ行く前に家に帰って自分の部屋にカバンを置いた。
そして冷蔵庫をあけてカレーが入った鍋を確認すると、お茶を飲む。
炊飯器のご飯は六時に炊けるのも確認した。
高校生の兄は、電車で隣町の高校へ行っているので帰るのは七時を過ぎる。
おじいちゃんとお父さんは今日は隣町にお仕事。
母は夏祭りの準備で町内会。
カレーを温めて食べてねと言われていたので、家には誰もいない。
だから私は家から出て、神社へ向かって祠の前の池の中を眺めた。
別に誰にも見られないならどこでもよかったんだけど、庭園を横切るように作られている池と大きな神木の陰になっている祠の前が静かで涼しい。
そこでパソコンを取り出して、おねえちゃんの新作動画を見るのが日課だ。
家でもいいんだけど、親が部屋にノックなしで入ってくるから気が休まらないので、ここがいい。
憧れのお姉ちゃんは、高校の放送コンテストでテレビに出てからスカウトされて、今は東京にいる。声が綺麗で目も大きくて、可愛いお姉ちゃん。
部活ばっかで遊んでくれなかったお兄ちゃんと、お仕事や町内会の係で忙しい両親。
境内で一人で遊んでいた私を一番かわいがってくれていたお姉ちゃん。
スカウトされて、この田舎だと何もレッスンやらオーディションやら撮影に向かえないからと家族全員で東京へ引っ越した。
さみしいけれど、毎日上げているダンスの動画を見るのが楽しみだ。
「今日の洋服も可愛いなあ」
うちの商店街にはお年寄りようの服は売ってるけど、子供服は売ってない。
でもお姉ちゃんが着ているような淡い色のワンピースや、短パンに英字シャツのお洒落な服なんて、隣の大型スーパーにも売っていない。
お姉ちゃんの動画を見るようになってから、私の住むこの町がどれだけ不便でどれだけ田舎か思い知った。
お兄ちゃんはこの神社を継ぐって言ってたけど、私はこの神社の守り神も見えないような、巫女の才能もないし、お姉ちゃんみたいに放送コンテストでスカウトされて芸能界デビューとか淡い夢を見てしまう。
もしかしたら、その……地方テレビだけど夏祭りで私が放送しているところを有名なディレクターが見て、スカウトしてくれるかもしれないし。
そんな甘い夢は無理としても、ここで経験を積んでおけば高校で放送部に入りたい言い訳とか親に説明しやすいもん。
お姉ちゃんみたいな職業に憧れるなんて、私みたいな平凡な中学生が夢見てるとか口にしたら笑われそうで言い出せない。
お姉ちゃんの動画サイトにファン登録して、毎日更新を楽しみにしている今のままは楽でいいけどさ。
でもお父さんやお爺ちゃんみたいに守り神さまの声が聞えたり、巫女の力があるわけでもないし、将来何をしたいのか少しでも自分なりに考えてるんだよね。
この田舎で働く場所なんて木を切るか、田んぼを耕すかだから。
だから私はーー。
うっとりと目を閉じて、夢を描こうとした時だった。
リンッ
鈴の音が小さくなった。
まるで小動物のようなかすかで小さな音。
リンリンリンッ
だんだんと大きく鳴っていく音。
座っている地面が、地響きのように揺れている気がした。
音がするのは、後ろ。
守り神さまの眠っている祠の方からだった。
リーーーーーーン
まるで除夜の鐘のような大きな音と共に、祠の中が光り輝く。
ぶわっと風が舞って祠の戸が開くと、祠の中から紙切れが風と共に待って私の元へ飛んでくる。
「まぶしいっ」
夏の太陽の空の下、その太陽よりも祠の中がまぶしかった。
勢いよく飛んでくる風と共に、どこか懐かしい香りがする。
嗅いだことがある懐かしい香り。
昔から夕暮れの誰もいない境内から漂ってくる香りだ。蝉の声が鳴り響く日だった。
「ってそんな場合じゃなかった」
ずっと祠の中から風が吹いているけど、閉めなくちゃ。
祠には守り神さまが眠っているといわれ、落ち着いて眠れるようなスペースがある。
鳥居を四つ潜り抜け、祠の開いた扉を手で絞めようとして固まった。
私が戸を掴んだと同時に風がやみ、ひらひらと紙切れが舞い落ちてくる。
「……えっ」
祠の中には、なぜかさきほど分かれたはずの榊君が立っていた。
「ごめ、……俺、弧守さんに謝りに来たんだけど、ここから弧守さんの声がしたから……」
青ざめたイケメンこと榊くんが破れた御札と紙垂を持って呆然としている。
「その御札……」
力が弱まって眠っている妖狐の神を封印している御札だった。
けたたましく蝉が鳴く。
中で回っていた扇風機は熱風に代わり、冷房の音がガタガタと古びた神社を揺らしている。
青ざめた私と榊くんは破れた御札が貼られた祠を見つめる。
「あ、でもその、おじいちゃんとかお父さんしか守り神さまは見えないから。その、力がない人がお札破いても、守り神さまは気づかないって」
お兄ちゃんは修行すればお父さん達みたいに守り神さまと話せるようになるって言ってたけど、今はずっと野球少年だから力はほぼないって言ってた。
全く見えない感じない私には、本当にそんな力をもっているのか不思議だったけど、でもさっきは流石に音は私にも聞こえた。
「力がある人が封印を破いたらどうなるの?」
「え、力がある人?」
それは分からない。
だってこの祠が開くのを私は今まで見たことがなかったから。
誰も近づかないからこそ、私はここを穴場にしていたんだし。
「あんたならわかるだろ? 俺は妖が見える人だよ」
「ちょっとまって。私は確かに神社の娘だけどーー」
見える力はないよって言おうとした。
それなのに、祠がカタリと動いたので、私たちはそちらに目を向ける。gy
ガタガタとゴトゴトと音は段々と大きくなって、そして白くて小さな手が戸を開くのをスローモーションのように眺めていた。
「なんで、僕を起こしたの?」
真っ赤な瞳がまるで宝石のように輝く妖狐が、今にも消えそうな絞り出した声で言うと、ふらふらと倒れた。
六尾のしっぽにはすべて鈴が付けられている。
先ほどリンリン鳴ったのは、この鈴だったのかな。
蝉の声にかき消されるような、儚い声。
白く欲しい手足に、驚くほど綺麗な尻尾が六つ。榊くんが慌てて助け起こすと、彼は薄く開いた唇から零れ落とすように言った。
「足りない。僕への信仰が足りなすぎて、今すぐにでも消えてしまいそうだ」
苦しそうに顔を歪めて、今にも消えそうに彼は言う。
「どう、どうしたらいいんだ、弧守さん」
「そんな、私もその」
父や兄からしか聞いてこなかった伝説級の守り神が、榊くんの手によって封印が解除されちゃったんだ。
あたふたしているとパソコン機器を持った兄が渡り廊下の奥から走ってくる。
「咲良! 今の妖気はなんだ!」
まだ部活中のはずである兄が、パソコンを私に押しつけると今にも消えそうな妖狐を見て息を飲んだ。
「白夜!」
兄が榊くんから奪い取るように妖狐を抱きかかえると、妖狐の身体が淡く光り輝いた。
「……力が出ない。今すぐ僕を眠らせるか、千尋をここに寄越せ」
「千尋ばあちゃんは入院中で、俺は眠らせる力がないからなあ。じいさんも父ちゃんも島の豊作の祭りに呼ばれてて」
「……どうにかしろ」
しゅるしゅると小さな白い狐になると兄の首に巻き付いた。
けれど息は切れ切れで、苦しそうだ。
「お前らなあ……」
兄の低く唸るような声は明らかに怒っていて、そしてその狐の容態を心配していた。
「お兄ちゃん、どうしてここに」
「今日は昼前に三十三度超えたから外でやる部活は全面禁止になってさ、バスで帰ってきてきたら、すげえ神社が静かだから」
静か?
蝉の音がけたたましくてさっきまで鈴の音や風まで吹いていてうるさかったのに。
「お兄ちゃん、その首に巻き付いているのは?」
「あれ、咲良って白夜のこと見えてたっけ?」
「その狐の名前が白夜ってこと?」
クエスチョンマークを浮かばせて首をかしげると、お兄ちゃんが小さく笑う。
「守り神の名前だよ。俺は白夜って呼んでる。見えるようになったら呼び名をつけて心を通わせるのが、弧守家の伝統なんだって」
「そうなんだ……」
じゃあお兄ちゃんは私が知らないうちに、守り神さまと交流していたんだ。
兄の首巻き付く小さな狐は、銀色の美しい毛皮で私が今まで見た中で一番美しい狐の姿をしている。
でもお父さん達も私は見えたり感じりしないって小さいころに気づいてくれて、神社のしきたり等からは遠ざけてくれていたのにどうして今更見えるようになったんだろう。
この町を守ってくれた六つの尻尾を持つ狐の神様は、ここの人口が減るとともに感謝してくれる信者がいなくなって力が弱くなっていったって聞いた。守り神様が消えてしまうと、この地を守ってくれていた力自体がなくなってしまうからと深い眠りについたので、そのご神体を弧守家が代々守ってきたはず。
「弧守さんが神様みえるようになったの俺のせいかも」
散らばったお札を集めながら、申し訳なさそうに話に割り込んできたのはイケメン榊くん。
普段無表情なのに、そんな申し訳なさそうな顔ができたんだ。
「なんで榊くんのせいなの?」
「さっきも言ったじゃん。俺、妖とか見えるしおびき寄せちゃうんだよ」
まるで、今日は暑いねっていうぐらい日常会話のように話してくるけど、妖が見える?
驚いて榊くんを見ると、ちょっとだけ体が震えていた。
「さっきも学校の帰りに黒い影が横切ってきて、気分悪くてさ。弧守さんに酷い対応した」
「あ……そうだったんだね」
私が嫌いとか興味がないとか生理的に無理とかじゃないなら良かった。
「お兄ちゃんみたいに見えるように修行する人もいれば、見えちゃう人もいるんだね」
「見えてもお祓いしたり結界を作れない人には、毎日がお化け屋敷ってことだよ」
お兄ちゃんが申し訳なさそうに俯く榊くんの肩を叩いた。
「悪いな。親父やじいちゃんがいないけどさ、ここは白夜のための結界と白夜が作った結界があるからちょっとは楽かもよ」
家においでと兄に言われて榊くんは頷いた。
でもお兄ちゃんの首に巻き付いている守り神さまも心配だ。
「あの、守り神さまは何か楽になるお札とか結界とかないの?」
「それはたった今、壊されただろ」
散らばった花びらのような紙切れは全部お札だ。部屋中に貼っていたのかもしれない。
「それは歴代の当主が俺につけてくれた名前が書かれた札だ。俺への忠誠心が込められてるから意味がある」
歴代の当主が書いたってことは私が書いても意味がないってことか。
「うーん。応急処置で俺も書いてみるか」
「お前はまだ当主に認めてないからな」
「減らず口め」
札を取りに本殿に向かう兄と祠から出ようとしてへなへな倒れる守り神さま。
慌てて抱きかかえると想像以上に重くてよろけた。
でも冷たくて、毛皮はさらさらつやつやしていて心なしか淡く輝いているように見える。
「お前、そっちの男子はなにか? 恋人か?」
「こっ恋人どころか友達にもなれてないです!」
こんなイケメンが私と恋人になりたいとも思えない。
「そうか。でも能力はありそうだぞ。こいつが僕を信仰したら、眠らなくていいぐらい体力が回復しそうだ」
「本当? だってよ! 榊くんっ」
妖が見えるってすごい力なんだ。
兄は修行して見えるようになったみたいだし、お父さんたちは最初から見えたって言ってたけど、人によって能力が違うんだ。
「……無理。俺を助けてくれるなら、神様だと思えるけど」
助けてくれるなら?
「榊くん、この田舎に来たのって守り神さまに助けてもらうためなの?」
だったら全部納得がいく。
こんな不便で何もない田舎に都会からこんな格好いい男の子が来てくれるなんて、おかしいとおもったんだ。
「できたできた、白夜、ほれ」
本殿で清めているお札に、力いっぱいはみ出しそうなほど元気な字で『白夜』と書かれた札。
守り神様から大きなため息が零れる。
「お前、もう少し雅な字は書けないのか」
「習字は正座が苦手ですぐやめたんだ」
どや顔で言いながら、お札を祠の柱に張り付ける。
リンっ
守り神さまの尻尾から小さく鈴の音が鳴ったけれど、反応はない。
「どうだ?」
「ん。蚊に刺された程度。かゆみがなくてマシぐらい」
うなだれる兄には悪いけど、分かる気がする。
だって兄は野球ばっかで、修行していたの見たことないもん。
「それよりも咲良、お前の持っているその書物はなんだ」
「書物?」
私が持っているのは書物ではなく、ノートパソコンだ。
お姉ちゃんの動画が停止された状態で閉じてしまっていた。
「これ小学校の卒業祝いで買ってもらったパソコンで」
「それ、うちの山の木から作った書物か? 微力だが俺と同じ匂いがする」
「全然。隣町の電気屋で買ったし」
兄と私と守り神様は右に首を傾げた。
うちの山と同じ?
「ん。包み込むように流れていく。これはなんだ? ビリビリするな」
目を閉じて守り神さまがパソコンに触れた。
するとパソコンが淡く光り出した。
まるで妖気が放たれたような不思議な光。
「この妖気が町に流れるようになってから眠りが深くなったし、神社に感謝する奴らがふえたんだけど」
何の事かとさらに首をかしげていたら、榊くんが小さく「あっ」と振り返った。
「これじゃないですか、電波塔」
「電波塔?」
私たちが見上げたのは、携帯の電波を通してくれた町の要である電波塔だ。
でもそれがどうして守り神さまと関係があるの?
「この電波に微量ながら白夜の力が流れてる気がする」
最初に気が付いたのは兄だった。
「そうなの?」
「うちの親が許可したろ? 柱を置いた場所がこの神社の周りに結界を貼るように置いてあるんだ」
「ええ?」
そんな話初めてで驚いていると、榊くんが納得したように頷いた。
「確かに電信柱に寄り掛かると気分が少し良くなってたきがする」
「もしかして、白夜の結界を強化するためでもあったのか。だからこの神聖な山に電波塔を許可したのかな」
全部私たちの推理でしかない。
だってお父さんたちが祭事で向かった町はうちの電波塔が届かないので、電波がさらにつながらない田舎。聞こうにも電話が通じない。
父たちが電波が届く場所に移動してくれるか、直接役所か会場に電話するしかない。
「なるほど。だから感謝しにお参りに来た奴らが増えたのか。僕への感謝が増えれば増えるほど、僕の力も戻るから。今はお前たちぐらいに身体も戻ってきた」
「そうなの?」
「そうだな。俺が初めて白夜を見たときは赤ん坊だった」
じゃあこの姿は本来の姿ではないんだ。
しかももし守り神さまの話しが本当あらば、常に電波に乗せて結界を貼ってくれているってことだ。
だから今まで眠りながら体力をキープしていたのならば、起きているのはご神体に悪い。
でもお父さんたちみたいに封印してくれる力の人もいないんだ。
「誰か僕の姿を見れて、僕のことを心から信仰している奴に参拝させるか札を書かせなきゃ電波止めるぞ」
「それは駄目!」
今までスマホの電波が届かなくてどれだけ不便だったと思ってるの。
例をあげたらキリがないほどの被害がある。
それは兄も一緒で何度も頷いている。
「じゃあ僕の信者の千尋か、弧守家のじいさんたちを呼ぶんだな」
「あの、さ、作戦タイム!」
このままでは守り神さまのペースに流されそうだったので、兄の首に巻き付いたままの守り神さまと離れる。
千尋おばあちゃんは境内の階段で転んで足を骨折して病院に入院中だ。
連れてこれるわけないし、足の固定を外すまでは三か月かかる。
お父さんたちのどちらかを呼び戻すのが正しい。それか数日我慢してくれたら帰ってくる。
「あの、弧守さん」
考えていたらキラキラ輝く顔面に固まる。
うわあ……榊くんって近くで見たら神様レベルに顔面が良い。
この田舎では見たことのないレベルで整っている。
「俺、本当に祠の中から君の声が聞こえてさ。封印を解除するつもりなくて、中にいると思って開けちゃったんだ。ごめん」
申し訳なさそうな顔すらもキラキラなオーラをまとっている。
「大丈夫。もしかしたら榊くんは守り神さまに誘われちゃったかもね。声が聞えたり見える人って珍しいから、守り神さまがわざと封印を解除させようとかして」
わざと……?
だって眠っていた方がご神体にはいいんだからわざと起こす必要はないんだ。
じゃあなんで私の声を使って榊くんに祠を開けさせたんだろう。
兄や私だったら開けても歴代の当主や巫女のお札は破れなかった。
榊くんにそうさせる必要があったの?
「関係ないかもだけど、俺は妖のたぐいに触れたり近づかれると倒れたり、気分が悪くなってさ。あまり学校も行けてなかったんだ」
「そうだったんだ……。私たちに興味がなかったのは、色々理由があったんだね」
「学校もこの町も、今までいた都会よりも気分はよくあったけど、やっぱ偶に触れちゃうからずっと気を張ってて」
申し訳なさそうに謝る榊くんには申し訳ないけど、伏し目がちな目で謝るとイケメンって色っぽいなっとか思っちゃう。
「皆話せばわかってくれるよ。保育園から一緒だから分かるけど、あんま皆深く考えないし。それよりどうしてこの町に来たの? 都会でお父さんやら守り神さまは有名なの?」
すると榊くんは私が持っているパソコンを指さした。
「それ……そこのお天気アイドルの弧守早苗」
「従姉のお姉ちゃんだよ」
高校の放送コンテストでその綺麗な声でスカウトされ、東京に行ってからは芸能活動をしていたお姉ちゃん。手紙の返事は来ないけど、私は今も応援している。
「その人が気分が悪くて駅前で倒れていた俺を助けてくれたんだ。その時に、この人が着た瞬間に悪い妖気が全部吹っ飛んで、急に晴れになった。都会ではどんな雨の日もこの人が晴れだといえば晴れるって言われてて」
「そうなんだ!」
じゃあお姉ちゃんも弧守家の才能があったんだ。
「その人の出身地がここで、同じ名前の神社があったから電話したら、俺の体質を助けてあげられるかもしれないって言われて転校してきた」
だから父と話していたんだ。
色々と繋がってきた。
「ふん。早苗な。あいつはこの町を捨てたのに、お前はいつまでも愚かだな」
「守り神さま?」
「そいつがこの町を出ず、僕の信者になっていれば電波塔なんて必要なかったのに。お前に手紙の返事がないのが証拠だ」
守り神さまの言葉に、さっと兄も視線を逸らした。
……そうなの?
お姉ちゃんから手紙の返事がないのも、電話がつながらないのも、手紙に何回もメールアドレスやメッセージアプリのIDを送っても反応がないのは、忙しいからじゃなくて別の理由があるの?
兄もフォローせずあわあわしているから、お姉ちゃんが都会に言った理由を知っていたのかもしれない。
何も知らずに待ち受けにお姉ちゃんとのツーショットを設定していたり、毎日更新している動画サイトをチェックしている私は滑稽かもしれない。
「……なるほど」
戸惑っていた私の代わりに、守り神さまを真っ直ぐ見て話しだしたのは榊くんだ。
「貴方はとても寂しがりなんですね」
寂しがり?
「いなくなった早苗さんに対して、怒りというよりもこうやって力を失うほど悲しんでいる」
何かに気づいたような不敵な笑みの榊くんに、守り神さまは急に張り詰めたピアノ線のように緊張感を走らせた。
お兄ちゃんの肩で丸まっていた身を起こし、ふわりと立ち上がるとまた人間の形になった。
「やめた。黙って大人しく封印されるのはやめた」
「どういうことだ」
戸惑うお兄ちゃんに、守り神様はだたっこのようにそっぽを向く。
「お前の親父やじいさんみたいな封印は、眠る前につまんない辞書を読ませて退屈になって眠らせるようで不満だったんだ。今回は、疲れ切って自分から眠りたいって思うまで寝てやらん」
ふわふわ飛んで私や榊くんの顔をじろじろ見た後、祠の床を指さした。
「まずは寝る場所じゃ。こんな板の上で僕を寝かせるな。西洋のベッドがいい。布団を持ってきたら電波塔を破壊するぞ」
「ベッド?」
うちは親せきや県外からお参りに来た人ようにお客様布団は沢山ありそうだけどベッドは置いてないよ。私だってお父さん手作りのベッドなのに。
「そのパソコンで調べて白夜に見せてやれ、現実を」
「あ、そうか」
パソコンで通販サイトを開くと、守り神さまも横で興味津々で覗いてきた。
なので通販サイトでベッドを検索すると、「おお、これじゃ」と天蓋付きのベッドに目を輝かせた。
でもうちは配達範囲外になっている。
「これも、これもこれもこれも。どうして範囲外なんじゃ」
「それは田舎だからですね。あ、でも近くのお店まで配達してくれるから取りにいくならできます。隣の県ですが」
どれも届けてくれるところはない。
段ボール程度の荷物や本棚ぐらいなら配達してくれるけど、高級な輸入家具を扱ってくれているサイトが見つからない。
「嫌じゃ。ベッドじゃ。ベッドを用意しないと数日のうちにこの電波塔を破壊してやる!」
「それってお兄ちゃんどうなるの?」
「インターネットは使えなくなるけど、携帯の回線は弱くなるけど使えるよ。うちの御台やら、家の二階の屋根では回線は繋がる」
また清めてない人が神社の御台に集まってしまうのは守り神さまにも大ダメージだ。
それにインターネットが使えなくなうのはいやだ。
なんとしても守り神様のご機嫌を回復しなくては。
「あとそこの、他人」
「榊です。榊 絢人です」
転校してきたときに黒板に書かれていた絢って確か漢字が可愛いなって思ってたんだよね。イケメンは名前も綺麗だ。
「お前は僕が守っているこの土地だけで安心していても井の中の蛙大海を知らずだぞ。自分でコントロールできないと井の中に逃げ込んできた僕の栄養源になるだけだ」
「おお、なるほど」
榊くんは、そう考えればそうだなと感嘆の声を上げていた。
「そこの弧守家の原石に習うように。僕はそうだな」
守り神さまは私のパソコンを見ると、その中に吸い込まれていった。
「しばらくこの中にいる」
パソコンの画面には、いろんなアイコンを端に押しのけて真ん中で寝転ぶ守り神様。
しばらくは寝心地が悪く文句を言っていたけれど、定位置が決まると寝息を立て始めた。
お兄ちゃんがそーっと置けというので、祠の中に静かに置いた。
でも充電が持たないので、コードを引っ張ってくるか自分の部屋に持って帰りたい。
というか、お姉ちゃんの動画を見ていた途中だったのに見れなくなってしまった。
「帰ります。その、すみませんでした。後日また謝罪にきます」
兄に頭をさげた榊くんが私の方へ振り返る。
「あのさ、商店街に家具屋さんってある?」
商店街……と言っていいのかな。小さな農協のスーパーと電球や電池しか売っていない電気屋、偶に賞味期限が切れてるから要チェックの駄菓子屋兼文房具屋、予約限定のケーキ屋というかお饅頭屋しかない。一応、ホームセンターがあるけど森林開発系や農業系の道具しか売っていないはず。
「ないけど、私のベッドを作ったときは木材分けて貰って、設計図を電気屋のおじちゃんに作ってもらったって言ってた」
「電気屋?」
「工業高校出身で学校で作ったことあったんだって。お兄ちゃんは商業高校だから無理だけど、電気屋なら同じクラスの大輝くんの家だよ」
学校の部品発注以外のお仕事は、偶に屋根の修理とかもしてくれてるし暇を持て余してそう。
「なるほど。ありがとう」
何か深刻に考え込みながら榊くんは帰っていく。
あんなに考えこんでたら、悪い妖気が近づいてきても気づかなそう。
「えーっと」
神社の本堂へ向かって、清め済みのお守りを持って榊くんを追いかける。
厄除けのお守りを彼に渡すと、転校してきて初めて彼の笑顔を見ることができた。
微笑むようなたどたどしい笑顔だけど、でも顔が良いので見とれてしまったのは言うまでもない。



