明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~


 玲子の震える声が、部屋の空気を揺らした。

「……榊原の家に帰るのが怖いのです。……実は……帰りたくなくて……夜の町をさまよってしまいました。……下働きでも何でもいたしますので、この家に、置いてください……お願い申し上げます……」

 嗚咽まじりの言葉を紡ぎながら、玲子は深々と頭を下げた。
 将吾と尚文は顔を見合わせ、無言でうなずく。
 調べていた通りの境遇。想像以上に、彼女は孤独の中に置かれていたのだ。
 尚文は立ち上がり、玲子のそばに膝をついた。

「……もう、大丈夫だよ。榊原家には、藤堂で大切に預かっていると伝えるから。ずっと、つらかったね……もう、無理して笑わなくていい。泣きたかったら、泣いていいんだ」

 玲子は顔を覆い、涙を堪えられなかった。

「す、すみません……」

「こんなときは、すみませんより、ありがとうがいいな」
 
 泣くつもりなどなかったのに、どんどん涙が溢れてくる。心に溜め込んだ寂しさと痛みが、少しずつ溶け出していくようだった。
 まだ、笑う余裕はない。
 でも、せめて、感謝の気持ちだけは、伝えたい。

「ありがとう……ございます……」

 様子を見守っていた一将は、どこか面白がるように、顎を撫でていた。

『ふむ、まずは尚文が一歩優勢か』