「いや、たまたま通りがかっただけだから……。それより、どうしてあの時間に、あんな場所にいたんだ?」
「それは……」
玲子は言葉をのみ込み、膝の上で手をきつく握りしめた。
昨夜、家に戻るのが怖くて、あてもなく彷徨った結果だった。
でも、それを話せば、自分が榊原家でどう扱われているかを語ることになる。出来れば避けたかった。
「いや、責めてるわけじゃないんだ。ただ、もしかすると……家に帰り辛い理由があるのかもしれないと思って」
尚文は、玲子の事情を知っていたからこそ、心配そうに眉尻を下げた。
「あ……あの……」
玲子は口を開きかけては、何度も閉じる。
その様子を見て、将吾は尚文の調べた内容に大きな誤りはなさそうだと察した。
そして、言いづらいことなら、無理に話させるべきではないと考え、柔らかな口調で言葉をかける。
「帰るのが辛いのなら、しばらくの間、この家で暮らしてはどうだ? 榊原の家には“急病でしばらく療養する”と伝えておく」
「そ、それでは……ご迷惑になります。そこまで甘えることはできません」
普通の令嬢なら、か弱いフリをして、これ幸いと藤堂家に居座り、妻の座を狙うだろう。
しかし玲子は、自分の苦しい立場にもかかわらず、迷惑をかけまいとする。
その姿が、かえってふたりの男の胸を打った。
尚文が真剣な眼差しで、玲子を見つめる。
「でも……もしかしたら、玲子君が襲われたのは、舞踏会で将吾を助けたせいかもしれないんだ。だとしたら、また同じようなことが起きるかもしれない。できれば、僕や将吾の目の届く場所にいてほしい」
『そうじゃ、先ほどから危険だと申しておるではないか。藤堂の屋敷に匿ってもらえ』


