明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

 榊原家と長く付き合いのある松林屋は、京都に本店を構える老舗の呉服店だ。
 先代の時に暖簾分けをした形で東京に店を構え、現在は吉壱が采配を振るっている。
 店先には「松林」の文字が染め抜かれた日よけ幕が掲げられ、間口も広く、堂々たる構えだ。

 暖簾をくぐった玲子は、奥で帳簿を付けている番頭の茂助を見つけた。

「ごきげんよう、茂助さん。お着物のお届けに参りました」

「おや、榊原のお嬢様。わざわざすみませんな」

 茂助は、松林屋に長年勤める古株で、いまや孫もいる年頃だ。
 だが今も現役で働き、従業員からは怖れられるほどの厳格さで店を取り仕切っている。
 けれど、小さな頃から通っている玲子にとっては、どこか祖父のような、優しい存在だった。

「では、お代を……。ご苦労さまでした」

 手渡された仕立て代は、玲子にとって貴重な生活費。
 深く頭を下げ、玲子は丁寧に礼を述べる。

「ありがとうございます」

「そういえば、大旦那様から、榊原のお嬢様にお話があると仰っておられました」

「……わたくしに、ですか?」

「はい。母屋へ来るようにと。こちらからも、お越しになった旨をお伝えしておきますので、どうぞお立ち寄りください」

 いったい、何のご用だろうか……。
 疑問は尽きなかったが、いつも仕事をくださる大旦那様に呼ばれたのなら、無碍にはできない。
 玲子は小さく頷くと、母屋へと足を向けた。