明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

噂の人物、榊原玲子は、百合絵のお下がりである碧色のローブ・デコルテに身を包み、ぼんやりと部屋の端を眺めていた。

 玲子の視線の先には、大小の刀を差した着物姿の侍(さむらい)が佇んでいる。
 明治9年に制定された廃刀令から30年近く経った現在、二本差しの侍は異質だ。
 それも、舞踏会が行われ、紳士淑女が集まる社交の場。男性は燕尾服、女性はドレスの洋装で、着物姿の者など居ない。
 だが、この場にはそぐわない着物姿の男が、確かに居るのだ。

 それなのに、誰も騒ぎ立てる者が居ないのは、その侍が既にこの世の者でないから。
 そう、侍は幽霊で、玲子以外はその存在に気づいていない。

侍はピクリと反応し、会場の入口を凝視した。
釣られるように玲子も侍の幽霊の視線を辿る。

そこには、年は20代前半の男性の姿が。身長は6尺(約180センチ)近くはある。 姿勢の良い立ち姿に筋肉質の体は、燕尾服が良く似合っている。

そして、男性の存在に気づいたのは、何も玲子や侍の幽霊だけでは無い、噂好きのご婦人たちも然り。

「まあ、鼻筋の通った素敵なお方」

「あの方は、藤堂将吾様よ」

「先の戦争でも御活躍と聞いたわ。きっと、軍服姿も素敵でしょうね」

「藤堂子爵家の跡取りでもあるのよね」

令嬢たちは、此処ぞとばかりに色めき立つ。