明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

 玲子の言葉に、将吾はゆっくりと息を吸い、赤子の頬に指を伸ばす。

「一将《かずまさ》……この子には、強く、やさしいお祖父さまの名を受け継いでもらいたい」

 その瞬間、ふと風が吹き、椿の花びらが一枚、空からひらりと舞い降りてきた。
 玲子はその花びらを見つめながら、そっと目を閉じる。

(見守ってくださっているのですね……)

 頬をなでる風が、まるで「それでよい」と囁いているような気がした。
 玲子は微笑み、やさしくつぶやく。

「……一将様。あなたの名は、次の時代へと渡ります」

 そして、腕の中の命を見つめながら、あらためてその名を呼ぶ。

「一将」

 眠っていた赤子が、まるでその呼び声に応えるように、小さく口元を緩めた。
 その笑みが、玲子にはこの上なく愛おしかった。

 (幸せって、こういうことだったんですね)

 誰かに愛され、誰かを愛し、誰かの未来を願うこと。
 それは派手でも華やかでもないけれど、確かに自分の胸をあたためてくれる、静かな光だった。

 空には、柔らかな春の陽射しが広がっていた。
 新たな命と共に――藤堂家に、またひとつ、美しい春が訪れていた。


【終わり】