「……お母様……」
小さく呟いた声は、誰にも届かないはずなのに、どこかで誰かが、きっと聞いてくれている気がした。
そこへ、女中の案内で将吾が現れる。
羽織袴をまとった将吾の姿は、まるで絵巻から抜け出した武士のように端正で、凛としていた。
その足取りは力強く、どこか誇らしげでもあったが、玲子を前にしたとき、まなざしだけが、深く優しく緩んだ。
静かに近づいた将吾は、すっと手を伸ばすと、玲子の肩にそっと触れた。
それだけで、玲子の胸が一瞬、苦しいほどに熱くなる。
「行こう、玲子」
彼の声は低く、まるで心の奥に直接染み込んでくるようだった。
玲子は思わず目を伏せ、かすかに唇を噛んだ。込み上げる想いをどう言葉にすればいいのかわからなかった。
孤独だった。
誰の記憶にも残らない日々、誰かの陰口が風より冷たく突き刺さったあの頃。
それでも、生きてきた。
そして、今、こうして手を差し伸べてくれる人がいる。


