明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

小枝の割れる音に気づいた玲子は、びくりと肩を揺らし振り返る。

「……!」

月明かりの中、立ち尽くす将吾の姿があった。
その眼差しは、何かを確かめようとするような鋭さを秘めている。

東屋の隅で、その様子を眺めていた一将は、顎を撫でながら笑みを漏らす。
『ふっ、心配せずとも、向こうから来おったか』

余裕の一将とは反対に、玲子は緊張で喉の奥がきゅっと詰まる。
逃げるようにして将吾の手を叩いたあの瞬間が、まざまざと脳裏に蘇っていたのだ。

(どうしよう……)

あのとき、すべては勢いだった。
 「助けなければ」と、咄嗟に体が動き、あの時はグラスを叩き落とすしか、考えられなかったのだ。

だが、儒教思想が色濃く残るこの時代、女は家にあっては父に従い、嫁(か)しては夫に従い、夫が死んだあとは子に従えと言う教えがあった。
玲子自身も父親から強く言われ、その考えは身に染みている。
 だから、初対面の男性の手をいきなり叩くなど許される行為では、無い事を玲子は知っている。

「あ……」