明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

 離れの縁側から見える中庭。
 季節の移ろいとともに色を変える庭木の向こうで、正装をした隆之が来客を迎える姿。
 背筋を伸ばし、静かに礼を交わすその姿は、少女だった玲子の目には、いつもどこか誇らしく、そして遠かった。

(いつか、父様の近くに行ける日がくるのではないか。ちゃんと話してくれる日が……)

 けれど、それは訪れなかった。
 父が唯一、玲子の目を真っ直ぐに見たのは、幼い日の夜だった。

『お前の母は……男と駆け落ちしたんだ。あんな女に似ているお前も、わたしの娘とは思えん』

 今でも、雨音とともに耳の奥にこびりついている声。

(あれが、お父様の答えなのだと、思っていました)

 けれど今、自分の前に座る父は、あの時の鋭く冷たい人とは、まるで違って見えた。

「玲子……。今まで、すまなかった。わしは、千賀子に捨てられたと思っていたんだ。だからと言って、お前に辛く当たっていたのは、間違いだったんだ……」

 言葉を詰まらせながらも、母・千賀子への想いを口にする隆之。
 その瞳には、嘘も体裁もなかった。
 たとえ遅くとも、今こうして目の前で“父”が人としての弱さをさらしていることは、玲子にとって、ひとつの救いだった。

(……お母様。わたし……まだ間に合いますか?)