明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

その言葉に、玲子は思わず胸元を握りしめる。

「わたくし、もっとお母様に聞きたいことがたくさんあったんです……なぜいなくなったのか、本当に……嫌いになってしまったのかって……でも……」

 千賀子はそっと、玲子の頬に手を添えるようにして、けれど決して触れることなく言った。

「あなたを一人にするつもりはなかった……。でも、あの人たちが……私を……」

 玲子は静かに頷いた。今では、もう全てを知っている。

「……お母様が、わたくしを捨てて男の人と駆け落ちをしたと聞かされて……でも、違ったんですね」

「玲子、あなたはお母さんの宝物よ。……それだけは信じて。お願い」

 玲子の頬に、また一筋の涙がつたう。けれど、その瞳はもう、さっきまでのように曇ってはいなかった。

「信じます。……信じて、前を向いて生きていきます。だから……見守っていてください」

 千賀子は、ふっと笑った。花が静かにほころぶような、穏やかな笑みだった。

「ええ、いつまでも……あなたの心の奥にいるわ」

 その言葉を最後に、千賀子の姿は淡い光に包まれ、夜の空へと溶けていく。
 玲子はその場にしばらく膝をついたまま、風に乗って漂ってきた、あの白い花の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
 冷たかった心の隙間に、確かな温もりが満ちていた。