◇ ◇
その頃、藤堂家の庭には風が通っていた。
玲子は一人、縁側に腰掛け、柔らかな光に照らされた庭をぼんやりと眺めていた。
母・千賀子の形見の着物を着た玲子は、目を細め襟元に手を添わせた。そのとき、着物の袂がふわりと揺れる。
幼い頃のおぼろげな記憶をたどると、涙で滲んだような母の姿が浮かぶ。
井戸のこと、百合絵のこと、父の涙のこと。すべてを将吾から聞かされ、まだ心が追いついていなかった。
「……お母様……」
思わず声に出した瞬間だった。
ふっと、どこからともなく白い花の香りが漂ってくる。マグノリアでもない、梅でもない、けれどどこか懐かしい匂い……。
玲子が目を上げると、月明かりの中に人影が立っていた。
淡い光を纏うようにして立っていたのは、やさしげな表情の女。白い小紋に、簡素な羽織姿。柔らかな髪を結い上げたその姿は、幼い記憶の中にいる母・千賀子、その人だった。
「……お母様……?」
玲子の声が震える。涙が頬を伝うより先に、足が自然に前へと進んでいた。
千賀子は、静かに微笑んだ。そして、一歩、玲子へと近づく。
「……大きくなったのね、玲子……」
それは確かに聞こえた、けれど空気の中に溶けてしまいそうな、淡く優しい声だった。
その頃、藤堂家の庭には風が通っていた。
玲子は一人、縁側に腰掛け、柔らかな光に照らされた庭をぼんやりと眺めていた。
母・千賀子の形見の着物を着た玲子は、目を細め襟元に手を添わせた。そのとき、着物の袂がふわりと揺れる。
幼い頃のおぼろげな記憶をたどると、涙で滲んだような母の姿が浮かぶ。
井戸のこと、百合絵のこと、父の涙のこと。すべてを将吾から聞かされ、まだ心が追いついていなかった。
「……お母様……」
思わず声に出した瞬間だった。
ふっと、どこからともなく白い花の香りが漂ってくる。マグノリアでもない、梅でもない、けれどどこか懐かしい匂い……。
玲子が目を上げると、月明かりの中に人影が立っていた。
淡い光を纏うようにして立っていたのは、やさしげな表情の女。白い小紋に、簡素な羽織姿。柔らかな髪を結い上げたその姿は、幼い記憶の中にいる母・千賀子、その人だった。
「……お母様……?」
玲子の声が震える。涙が頬を伝うより先に、足が自然に前へと進んでいた。
千賀子は、静かに微笑んだ。そして、一歩、玲子へと近づく。
「……大きくなったのね、玲子……」
それは確かに聞こえた、けれど空気の中に溶けてしまいそうな、淡く優しい声だった。


