明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

 将吾が低く告げた。

「情夫の男に指示した事は、調べがついている。しかも、今回、玲子殿を誘拐した件も、同じ手口だ。もう逃げ場はない」

 その瞬間、百合絵の顔から血の気が引いた。
  頬がひくつき、紅が崩れた唇が小さく震える。

「……証人なんて……あんな小汚い男の言葉で、わたくしを裁けると思って……?」

「さあな。裁きを下すのは俺の役目じゃない。だが、証言人だけじゃない。遺留品、金銭のやり取り、貴女に繋がる証拠は揃っている」

「まさか……」

  小さく呟いたのは、舞香だった。

「お母様……うそ……そんな……。玲子の母親……を殺したなんて……!」

「違う……違うのよ、舞香!」

  百合絵が叫ぶ。

「全部、あの女が……千賀子が悪いのよ! わたくしの幸せを奪おうとしたの! 隆之様が、あの女に夢中になったから……だから……!」

  隆之の目が、ふいに見開かれた。

「……なにを言っている。千賀子がいなくなったのは……お前が……!?」

 百合絵は狂気を帯びたように笑い出した。
  声は震え、瞳は虚ろに濁っている。

「そうよ。あの女が駆け落ちしたなんて、嘘だったのよ。親子してわたくしの邪魔をするから……」

「お前は!」

「千賀子がいなければ、わたくしは愛されたのよ。玲子さえいなければ、わたくしの子が……舞香が、藤堂家に嫁げるのよ!」

「お母様……!」

 舞香の声が悲痛に揺れる。
 将吾が重い沈黙を破った。

「貴女はすべてを偽り、周りの人を駒のように扱った……」

 憲兵が百合絵の両腕を取り、引き立てようとすると、百合絵は叫んだ。

「違う! わたくしは、ただ……愛されたかっただけなのに……!」

 それは、哀れな女の最後の叫びだった。
 道化のように化粧の剥がれた顔をさらし、百合絵は連行されていく。
 静寂の中に、舞香のすすり泣きだけが残る。
 隆之は唇を噛み、視線を床に落とした。

「……罪は、必ず露見する。たとえ長い年月、どんなに塗り固めたとしても」

 将吾の言葉が、落ちた午後の光の中に吸い込まれていった。