冷酷社長の極上笑顔は私が独り占めさせていただきます

 社長は何も言わずに私のデスクから雑誌を手に取り、しばらく眺めていたかと思うと、急に私に向かってその雑誌を突き返してきた。
 
「懐かしいな」
 
 ポツリとそうつぶやくと、社長は私に背を向けてデスクから離れていく。
 去り際に見た彼の頬には、確かに微笑が浮かんでいた。
 
 私は社長から受け取った雑誌を胸に抱えたまま、ストンと椅子に腰を下ろす。
 笑った顔など一度も見たことがなかったから、驚きのあまり息が止まる。
 
 大切なものを慈しむような、穏やかで優しい微笑み。
 この世のものとは思えぬ美しさと儚さ。
 
 思わず目が釘付けになってしまった。
 
 社長は確かに誰もが認めるイケメンだけど、美しい顔面と立派な体躯をお持ちなので、そこにいるだけでも威圧感がある。
 その冷たい美貌が少し緩んだだけで春の日差しのようなまばゆさを放つのだから、視線が吸い寄せられるのは当然だった。
 
(どうしよう……。今、私……!?)
 
 心臓がドキドキと音を立て、まるで耳のすぐ横で鳴っているように感じる。
 
 それからすぐ、外出のために社長が部屋から出てきた。
 
「少し出かけてくる。二時間ほどで戻る予定だ」
「はい。お気をつけていってらっしゃいませ」
 
 今日のスケジュールには、午後の二時間が「私用」と記入されている。休日に私用を済ませることの多い社長には珍しいことだ。
 
 恋人とデートかな、と思う。
 彼目当てで電話を掛けてくる女性が常に数人いるから、その中の誰かが恋人の可能性もあると密かに思っていた。
 
 だけど、本当の恋人ならわざわざ会社の電話にかけなくても、社長個人の携帯電話に連絡すればいいはずだ。

 と、そこまで考えた私は苦笑した。私には何の関係もない話だ。
 社長のプライベートのことを気にするのは、明らかに業務を逸脱している。
 仕事に関係のないことを詮索(せんさく)する暇があったら、少しでも手を動かして仕事を進めるべきだ。

(でも今は昼休みだから、仕事に関係ないことを考えていても別にいいよね)

 時計を見ながら私は心の中で言い訳する。
 
(実際、社長は背も高いし、誰もが認めるイケメンなのよね。恋人のひとりやふたり、いないほうがおかしいくらいだわ)
 
 そう思ったら急に胸の奥のほうがスッと冷えていく。
 初めて見た社長の笑顔を思い出すと、胸がきゅうっと締めつけられるような痛みを感じた。

(なにこれ? 社長に恋人がいたとしても、私には関係ないこと……なのに)
 
 胸を押さえながら、私は困惑した。
 何が起きたというのだろう。
 考えれば考えるほど、胸の奥が疼く。
 
(もしかして私……社長のこと、気になっている?)

 そんなわけがない。
 一瞬浮かんだその考えを、私は必死で打ち消した。