冷酷社長の極上笑顔は私が独り占めさせていただきます

 このときは本当に驚いた。どうして私に白羽の矢が立ったのかは未だにわからない。
 でも前任者が突然辞めたのは、結局のところ社長と合わなかったからだ、とみんなは言う。
 我が社の社員なら誰でも知っていることだが、社長はとても気難しい人なのだ。

 
 
 昼休みの時間になった。
 この席に来る前は同僚たちとランチに出かけたり、コンビニで買ってきた弁当を休憩室で食べていたけれども、今は昼休みもこのデスクで過ごす。
 というのも昼どきに来訪する人は少ないが、電話をかけてくる人は案外多いのだ。
 もちろん、昼休みだから電話に出る必要はない。休憩時間だから堂々と休んでも文句を言う人はいない。
 けれども社長秘書という仕事の性質上、急を要する連絡があった場合、ランチを食べる前に呼び戻される可能性が高い。それならわざわざ外出してランチを食べ損ねるよりも、デスクで昼食を取るほうが気持ちに余裕ができていい。
 
 でも昼休みまで行儀よく座っている必要もないだろう、と私は思う。
 それに社長もこの半年間、昼休みの間は一度も姿を見せたことがない。きっと社長なりに気をつかってくれているのだ。
 
 半年この席に座っていると、社長のちょっとした気遣いを感じる場面は少なくない。
 休憩時間に休憩を取る――従業員にとっては当たり前のことだけど、雇用主である社長自身は就業時間の縛りがない。タイムカードもないし、残業手当も有給休暇もない。
 そのため社長秘書のような職務は、定時に休憩を取れない場合が多いとされている。社長のスケジュールに随行する場合や急を要する連絡や来客対応は、休憩時間に入っても持ち場をはなれるわけにはいかないからだ。
 
 私もこの席に座るようになってからずっとそのつもりでいる。
 けれども社長は、昼休みになると社長室から出て、午後の始業時間まで戻ってこない。社長が不在なので、電話も来訪も取り次ぐ必要がない。
 つまり私は昼休みの間、「あいにくですが社長は席を外しております」と答えるだけで済み、社長秘書であっても比較的自由な時間を過ごすことができていた。
 だから我が社の社長は、ただ無意味に厳しい人というわけではない――と思う。
 
 そんなわけで今日も私は駅前のパン屋で買ってきたクロワッサンを頬張りながら、情報誌に目を通していた。もうすぐこの街にとある劇団専用の劇場がオープンする。その特集記事に目を奪われていた。
 
 クロワッサンをほぼ食べ終わり、コーヒーの残りを飲み干したときのことだった。
 突然、エレベーターの動く音がした。
 何気なくエレベーターのほうを見た私は、そのドアが開いたことに驚いて背筋を正した。