電車の向こう側。【完結】






「私も、逃げてた。」

「……お前が?」

「うん。普通のままでいようとして、
何も感じないふりして、
笑ってた。ずっと。
親友の茉希とも本音で喧嘩できなくて……。
それでいいと願っていたくせに、
心の中では、本当はずっとつまらなかった。」






未来は唇を噛んだ。





「でも、あなたの曲に出会ってから、
少しずつ
“変わりたい”って思ってた。
たとえ変化が怖くても、本当の気持ちで生きていきたいって。」



沈黙が落ちた。
ピアノの上で、夕陽がゆっくりと揺れていた。






「……お前は、強いな。」
聖が小さく呟いた。



「違うよ。怖がってるだけ。」



「恐れ感じている自分を知っているからこそ、そこから強くなれるんだよ。」





聖の声は優しかった。

その声が、未来の心の奥に染み込んでいく。







しばらくして、未来は言った。




「ねえ、聖くん。弾いてみて。」

「何を?」

「あなたの、本当の音。」







聖は少し驚いたように未来を見た。

そして、苦笑した。





「もう弾けないと思ってたけど……。」






彼は目を閉じて、両手を鍵盤に置いた。

最初の一音が、空気を震わせる。

柔らかく、深く、どこか懐かしい旋律。

時間が止まったように、未来はその音を聴いていた。