「未来ー、ごはん冷めちゃうわよー!」
母の声がリビングから聞こえる。
それも、いつもの調子だった。
未来は鏡の前に立ち、メガネをかけた。
レンズ越しの自分が、少し他人のように見えた。
階段を降りると、父が新聞を読んでいて、母が味噌汁をテーブルに置いていた。
テレビでは朝のニュースが流れている。
画面の端には、天気予報と今日の占い。
「天才ピアニスト・結城聖くんが——」というニュースは、どこにもなかった。
「おはよう、未来。今日は早いじゃない。」
「……うん、まあね。」
「ちゃんと食べなさいよ。最近、朝抜いてばっかりじゃない」
母の声に、未来は小さくうなずく。
箸を手に取りながら、心のどこかがざわめいていた。
“あのニュース”を、誰も知らない。
昨日まであれだけ騒がれていたのに。
スマホを開いてニュースアプリを確認しても、記事はひとつも見つからなかった。
——まるで最初から存在しなかったみたいに。



