授業が始まり、先生の声が遠くで響く。
ノートを取りながら、未来はふと窓の外に目を向けた。
青い空に、ゆっくり流れる雲。
グラウンドでは、他のクラスが体育をしている。
——こうしていると、世界が止まっているみたい。
そんなことを思った瞬間、自分で少し笑ってしまった。
“時よ、止まれ”なんて、馬鹿みたいだ。
変化を嫌う自分を、茉希はよく「おばあちゃんみたい」と言ってからかう。
昼休み、二人で屋上の階段に腰掛けてお弁当を開く。
茉希がコンビニのおにぎりを頬張りながら言った。
「ねぇ未来、最近ちょっと変わった気がする。」
「どこが?」
「なんか、ぼーっとしてる時間増えた?」
「そんなことないよ。むしろ平常運転」
「ほら、そういう返し!」
茉希は口を尖らせる。
「何か考え事してるでしょ?」
「……別に。ただ、いろんな人の“普通”って、どんなだろうなって」
「え、哲学?」
「ううん。なんかさ、私は“普通”でいたいって思ってるけど、他の人から見たら、それが“変わってる”って言われるじゃん」
「まぁ……そうかもねー。」
茉希が笑って、ジュースを飲んだ。
「でもさ、それでいいんじゃない? 未来らしいし。」
「らしい、って言葉、好きじゃないんだ」
「え?」
「“らしい”って言われると、それ以外の自分になっちゃダメみたいな気がする。 」
未来の声は、風に紛れるほど小さかった。
茉希は一瞬黙って、それから優しく笑った。
「……未来、変に考えすぎじゃない?」
「そくかな?」
「まぁでも、そういうところが未来らしいけどね」
「だから、それが嫌なんだってばー。」
二人は顔を見合わせて笑った。
放課後。
教室の窓際で、未来は茉希と並んで帰り支度をしていた。
「ねぇ、未来、帰りにカフェ寄らない?」
「やめとく。」
「またぁ? 最近ずっとそれじゃん。」
「だって、あのカフェ人多いし……」
「だから何? たまには人混みに揉まれようよ。人間だもん。」
「揉まれたくない」
「未来、ほんっと頑固。」
「頑固じゃなくて慎重。」
「違うよ、逃げてるだけ。」
未来の手が止まった。
「……逃げてる?」
茉希は視線を逸らさず、まっすぐ言った。
「うん。何かが変わるのを、ずっと怖がってる臆病。」
「そんなこと——」
「あるよ。だって、未来、平凡って言葉に縋ってるでしょ?」
「……」
「ねぇ、未来。すぐにとは追わないけど、いつかさ、平凡の外に出てみようよ。」
未来は何も言えなかった。
その言葉が、胸の奥に沈んでいく。
「……ごめん。今日はほんとに疲れてるから。」
「あ。ごめん、言いすぎた。」
二人はそれ以上話さず、きまづくなり、静かに校門を出た。
その夜。
未来は自室でイヤホンを耳に差し込み、再び「月の光と私」を聴いていた。
目を閉じると、どこか遠いところから、
自分の知らない“誰かのための音”が響いてくるようだった。
——特別な人は、きっと孤独なんだろうな。
そう思った瞬間、胸が少しだけ痛くなった。
スマホの通知音が鳴る。
茉希からのメッセージだった。
〈さっきはごめん。明日、ちゃんと謝る。〉
未来は少し考えてから、返信を打った。
〈ううん、私こそ。明日、普通に話そう?〉
“普通に話そう”。
その言葉に、どこか安心を覚えた。
けれど——その“普通”が、もうすぐ崩れるなんて、
未来はまだ知らなかった。



