雷の道「十五年ぶりの故郷で、初恋の彼女と再会した六日間」 ──記憶と現在が交差する、静かな再生の物語。

僕が最後の一口を食べ終わると同時に、女の子がコーヒーを運んできた。
「オリジナルブレンドよ」と女の子は言った。
そして「私達そろそろ行くね」と小夜子さんに向かって言った。
男の子もそれに同意した。
後には僕と煎れたばかりのコーヒーと小夜子さんが残った。


「うるさくてごめんなさいね」と小夜子さんは言った。
僕は首をふった。
そしてコーヒーを口に含んだ。
芳醇で複雑な苦みが口の中に広がった。

「ひさしぶりに帰省したんです。そしたら昨日、図書館であの子たちをみかけて」

「ちゃんと勉強してたかしら?」と言って小夜子さんは笑った。
目元に小さなしわが出来た。
長い髪を後ろで縛っていて首が細かった。

「横浜」と思った。
ランドマークタワー、赤レンガ倉庫、港の見える丘公園。
中華街。
女の子と行った。
何人かの女の子。
二年続いた娘も居れば半年続いた娘も居た。
三日で別れた娘も居た。

十五年。
それでも心が震えるほど好きになった事は一度も無かった。高いレンガの壁を作っていたから。


「どうかな。たぶん。勉強していたはずです。本当はよく見てなかった。でも、少し大人びて見えたけど」

「制服を着るともっと子供っぽくなるわ」

「平日のこの時間に、ここでアルバイトですか?」

「そうね、確かに平日のこの時間は学校に行ってる時間ね」

これ以上、立ち入れない。
そういう気がした。
これ以上、立入る権利も資格も度胸も無かった。
話題を変えよう。


「この店はいつから始めたんですか?僕が高校生の頃には無かった気がするんですけど」

「五年前よ。この町出身の主人と始めたの。どっか行っちゃったけど。彼はインテリアデザイナーでね、ずっと構想があったみたい。準備に一年かかったけど、二人で今までのものを全部捨てて始めたのよ」

鐘の音がした。
振り返るとラフな格好をしてカメラを抱えた青年が入ってきた。
カメラと言ってもかなり本格的なものだ。
仕事にも使える。
いや仕事に使っているんだろう。
そんないかにもカメラマン的風貌だった。

その男に向かって小夜子さんは「いらっしゃい」と言った。
男は店内を見まわし
「カズとミサは?」と言った。