雷の道「十五年ぶりの故郷で、初恋の彼女と再会した六日間」 ──記憶と現在が交差する、静かな再生の物語。

何か間違ったものが横切った気がした。
見間違いなのかと思った。
ずっと同じ姿勢でいると時々、正しいものが違って見える。

「どういう意味?」

「文字通りの意味よ」
とエリカは自信たっぷりに言い含めるように言った。

「今夜、ジュンは私を自由にしていいの。たいしたことじゃないわ。誰でもしてることよ。誰にでもさせてるわけじゃないけど。私だって相手を選ぶ権利くらいあるわ。たとえ誰かの依頼だとしてもね」

「エリカ。何を言ってるのかわからない。どうして僕が洋介の婚約者である君と今夜、寝ることになるんだ。誰かの依頼ってどういう意味なんだ」

「そういうこと、聞いてほしくない。ジュン、私としたくないの?」

「そんな事は言ってない。誰かの指示でエリカと寝たくないだけだ」

エリカの目は真っすぐだった。
一点の曇りもなく、真っすぐに僕を見つめていた。
これがシンプルな出来事であればどれほど勇気をもらった事だろう。
でもこれは虚構なんだ。
台本があって舞台が用意され思惑がある。
損得が生じる大人の世界だ。

「エリカ。ありがとう。でも僕にその気はない。度胸も無いし大きな権力もなければ決定権もない。そう伝えてくれないか」

「そんなに深く考えなくていいのよ。いつもしてることなの。ただ眼を瞑ってゆっくりと呼吸をして数を数える。それだけの事よ。何でもないことなの。嫌でもなんでもない。たまに変な人がいるけど、でもそれは我慢してるの。いつか終わりが来るから。明けない夜はないの。だから今夜、一緒に居て頂戴。じゃないと私、困るから」

「君とは寝られない。頼まれても寝ない。必要だったら朝までつきあう。だけど寝たりはしない」

「私の事、気に入らなかった?」

「そういう事じゃない。僕には気になる人がいるんだ。青臭いけど彼女以外の女と寝たくない」

「断られたのは初めて。でもそれがジュンで良かったわ」

エリカはそういうと僕の横に立ち、静かに出て行った。
入れ替わりに男女四人組のグループがやってきて、やっと飲み屋らしくなった。

あとには美しい香りだけが残った。