雷の道「十五年ぶりの故郷で、初恋の彼女と再会した六日間」 ──記憶と現在が交差する、静かな再生の物語。

彼女が店に入って来た時、階段を降りて振り返った僕の視界に入った時、空気が波打ち壁が揺れ天井がきしみ音楽が鳴り止んだ。

時間が止まり、一拍おいてゆっくりと進み始めた。
真っ赤なベルベットのスーツに真っ赤なチョーカーを巻いて、春なのに手袋をして、それを外しながら僕に「ひさしぶりね」と言った。

つい最近までずっと一緒に居て、ちょっと旅行かどこかに出かけて、しばらく顔をみてなかったわね、と言わんばかりの気安さで。

僕はその圧倒的な美しさにどう応えて良いかわからなかった。
文字通り言葉を失った。
何も浮かんでこなかった。
浮かんでこなかったけど目をそらす事は出来なかった。

エリカは僕の隣のカウンター席に座った。
ひざがしらが当たりそうなくらい近い距離に。場違いな美しさ。
でもここは東京じゃない。
誰も見ていない。
誰も褒めてくれない。
開店時間。
居るのは僕たちだけだ。

エリカは椅子に深く座りなおすと「元気だった?」と言った。

「ああ、エリカは?」と聞き返した。
エリカは微笑んだ。
完璧な顔に懐かしい隙間が出来た。

あの頃、僕たちは洋介の部屋で一緒に勉強をした。
午後になると二人は部屋を出て行った。
最後まで二人が何をしていたのか明かされなかった。

「元気よ。見ての通り。変わらないわ。ずっとこの町に居るんだもの。変わりようがないわ。歳を取っただけ。大学も行かずに働きもせずにずっと家に居るのよ。退屈で死んじゃいそうだった」

「大学には行かなかったんだ。一緒に勉強してきてエリカが一番成績が良かった。誰も敵わなかった。完璧な人生を歩むんだと思ってた」

「完璧な人生?私はレールの上を歩いてきただけよ。からっぽなの。首をふったら音がしそうよ。カラカラって」
そういうとエリカは首を振った。
長い髪が揺れ、良いにおいがした。

「変わらないでいるというのは、それはそれで大変なんだよ。みんな努力している。高い金を払ってる。そして諦める。エリカは変わらないどころか成長している。進化している。月並みな言い方だけど見違えた。同級生のエリカじゃないみたいだ」

「それは褒めてくれてるのよね?ジュンにそういうことを言ってもらった事なかった気がする。シャイでぶっきらぼうな少年だった」

「僕だって変わる。多少の経験はしたから成長もする。変わらないと先に進めなかったしね。それで退屈で死んじゃいそうだって言ってたけど何かあった?」

「結婚することにしたの。洋介と。笑っちゃうでしょ。進歩が無いって」

「それはおめでとう。実は今日、洋介の父親から結婚の話を聞いた。一昨日帰ってきたんだ。久しぶりに」

「洋介から結衣の事は聞いてない?」

「特に何も」

「聞きたい?」

「聞きたくない。知りたくもない。聞いても何とも思わないと思う。もしも高校を卒業したばかりの僕だったら、気になって仕方がなかっただろうし、深く傷ついたかもしれない。でも、もう子供じゃない。大人になった。あるいは、汚れてしまったのかな。タフになった?どっちだろう?どっちでもいい。今は、何も感じない哀しい大人になってしまった」

「それはみんな同じよ。十年以上経てば、色んな事が変わるわ。色んな事が一周りして全く違った風景になる。何もしてない私でさえそうだから、ジュンが変わったとしても、不思議じゃないわ」

「それは良い事なのかな?」

「きっと良いことなのよ」
そういうとエリカは僕の方を向いてゆっくりとまばたきをした。
そして長い舌を出して上唇を舐めた。
有無を言わせない美しさ。
こんな場所で発揮するべきじゃない。
もっと多くの人に振舞うべきだ。
それが美を所有するものの義務だ。

「結衣は今、海外に居るのよ」とエリカは言った。

そして下唇を舐めた。