雷の道「十五年ぶりの故郷で、初恋の彼女と再会した六日間」 ──記憶と現在が交差する、静かな再生の物語。

「どこにいるの?」と聞くと
「すぐ近くよ」と言った。

外に出ると美沙岐は僕の家を見上げていた。

「懐かしいわ。ここへ来るの、何年振りかしら。父はたまにお邪魔してたみたいだけど。ほら、工務店って建てて終わりじゃないから」

「ここに美沙岐が来たのは中学生の時だった。新しいものも時間が経てば古くなる。でも定期的にメンテナンスをしてくれてるからまだまだ使える。ありがたい事だ。それはそうと夜の散歩をしないかね?」

「そういう歌、あったわね。今夜も二人で歩かないかってやつ。良いわよ。さっきまで加奈子の家に居たの。それでちょっと寄り道してジュンの家を見てみようかなと思ったのよ。でも暗くてよく見えなかった。その代わりジュンの姿が見えた。もう寝る前だった?」

「大丈夫。さっきまで飲んでた。高校の友人とね。昨日行った店の近くだ。名前は何て言ってたかなあ。地下にあるプールバー的な」

「ブロンズ?」
「確かそんな名前」
「知ってる。一度、行ったことあるかな。バスケ仲間と」
「今もやってるんだ?」
「真似だけね。昔みたいに動けないわ」
「美沙岐はちっとも変わってない」
「中身はボロボロよ」
「僕は変わったかな?」

美沙岐は僕の前に立ち、顔をのぞき込んだ。
上を向いた顔が月に照らされた。鼻が真っすぐで、そこが好きだった。
よく動く大きな瞳もかもめのような眉も、薄く切り取ったような唇も。

「昨日と同じよ。それに私が知ってるジュンは中学生までだから」

「随分、遠いところに来てしまった」

「それはお互い様。ここにはどのくらい居るの?」

「とりあえず、二週間かな。先の事はわからない」

「ずっと居たら良いのに」
と美沙岐は言った。

夜の風が背中を押した。
僕たちは家の前の細い道から国道に向かって歩き始めた。
まだ春。夏まで少し。梅雨まであとわずか。
肩が触れた。
寒いと、凍てつく寒さだと良いのにと思った。
手を繋ぐ理由が出来る。
僕のポケットに入れる事が出来る。
でも僕はポケットのあるジャケットもジャンバーもコートも着ていない。
薄手のポロシャツ。
ポケットはどこにも見当たらない。
僕は手を繋ぐ理由を考えながら歩いた。
社会人の経験なんて初恋の女の子には役に立たない。
まるで高校生だよ。
いや、高校生以下だ。
国道に出ると目の前を大きなトラックが通り過ぎた。
時計を見た。腕が青白く光かった。

「時間大丈夫?」

「大丈夫。こんな時間に働いてる人がいるんだと思っただけ」

「何時?」

「まだ十時。東京に居た頃はこの時間まで働いてたんだけどね。夕方早くから飲んでたから時間の感覚がずれてしまって。長い一日だった。でも一日の最後に美沙岐に会えて良かった」     

僕は国道に架かる歩道橋の階段を一歩登った。

「私が会いに来たのよ」と美沙岐は言った。
僕は振り向いた。
美沙岐の真っすぐな視線。
躊躇した。
躊躇したけど意識を閉じて手を差し出した。
その手はゆっくりと握られた。

柔らかかった。
壊れそうだった。
まるで中学生だ。
遠い昔。
フォークダンス。
あの時と同じだ。
ふわふわしている。
永遠に続けば良いと思った。

巨大なトラックが歩道橋の下を通過した。
轟音をあげて何台も。
その度に手は強く握られた。
その度に懐かしさに包まれた。

「どこへ行くのかしら?」
「さあ、どこへ向かってるんだろう。」
「夜の散歩でしょ?」
「どこへ行くのかしら?」