17年後、七夕で。

「おーい、合戸。……合戸晴太!」
教室中に先生の大きな怒号が響く。うっさ。てか、俺の名前言われたか?
「あ?」
機嫌が悪そうにそう返すと、さらに怒鳴り声が増す。
「あ?とはなんだ!それが先生への態度か⁉テストいらねぇのか⁉」
あー、そういや今はテスト返しの時間だったな。というか、あんたもその口調、教師としてどうなんだ?
「あー、テストねぇ。いらねぇ」
「は⁉」
正直に言うと、先生の顔がトマトみたいに赤くなった。
「せんせー、晴太のテストオレがもらいますー。オレの酷いやつと交換したいんで!」
とある男子生徒が言うと、教室から笑いが起こる。きっと最悪な空気を読み取って、明るくしようとしてくれたんだろう。だが。
「悪いな唱太。俺今回全然勉強してねぇから」
「はぁ?」
男子生徒――唱太が俺の代わりにテストを取りに行く。
「……おめー、これ酷くね?」
「あー、お前より酷いかもな」
点数を見ずに答える。試しにみてみると、12点と書いてあった。
「適当にやって、たまたま合ってたって感じか。それで12点なんだから、勘のいいやつだなー」
「どうでもよ」
あ、授業終わった。さっさと帰ろ。鞄を持ち上げて教室を出る。
「谷口くん。合戸くん、大丈夫……?」
教室の中から女子の声がする。誰だっけ、あぁ高橋か。余計なお世話だ。谷口というのは唱太の苗字だ。
「大丈夫ではないかもな……」
唱太の声が沈んでいる。その声を聞いたとたん、一気に罪悪感が出てくる。
「合戸くん、前までトップだったのになんで……」
「あー、お前知らないか」
あれ、高橋知らなかったっけ……。
「神崎の死が原因だろうな」
……。
「……」
高橋が黙っている。そりゃな。
「ま、任しときな。オレが晴太を立ち直らせてみせる」
「頑張れ谷口くん」
そこで二人の会話が途切れる。後ろから足音がする。多分唱太だ。
「なぁ晴太!今日オレと一緒に――」
「悪いな、唱太」
唱太にかぶせるように言う。
「気遣ってくれてあんがとな。でも今日は一人で帰るわ」
これ以上、唱太に気遣わせるわけにはいかない……。
学校の敷地外に出て、誰もいなくなったところで俺は大きなため息をついた。
今日も唱太に迷惑をかけてしまった……。早く立ち直らなければ。
「あ、聖時神社」
いつの間にか、いつもと違う道を通ってしまっていたらしい。俺の右隣に聖時神社があった。
知らない道というわけではないので大丈夫だ。せっかくだし、お参りしていこうか。
「……おみくじ」
ふと、端にある小さな箱が目に入る。それはおみくじだった。
久しぶりに引いていこうかな。何かヒントになるかも。
「……え、吉?」
百円払い、おみくじを引く。すると結果は吉だった。確か大吉の次にいいやつだよな。
「恋愛;初恋の人が鍵を握っている。近いうちに再会……。は……?」
初恋の人……?
俺の初恋は夕莉だ。もう会えない。……なんだよ。
『十年後も、一緒にいてね、ハルくん』
ふと、頭に誰かの声が蘇る。
……。
……誰だっけ?
え?初恋?初恋……もうわけわかんねぇ。


「あ、ハル兄。おかえり」
「あぁ、うん」
家に帰ると、妹の冬美が出向かえてくれた。
「ね、見て!あたし今回頑張ったんだよ」
冬美は答案用紙を取り出す。80点と書かれていた。冬美は中学生だが、とんでもなく成績が良い。
「そっか。よかったな」
それだけ言って俺は自分の部屋に入る。
布団が朝起きたときのまま放置されているベッド。プリントが無造作に置かれている床。空きっぱなしのクローゼット。
部屋はこれ以上なく汚かった。
ただ机の上だけは、綺麗だった。勉強してないからな、そりゃ綺麗だ。
机に意味もなく座る。机の上に置かれているのは、一個の写真たて。それ以外何もない。
写真には、半年前の俺と女子が写っている。
女子の名前は神崎夕莉という。俺の恋人であり、今俺が引きずり続けている出来事に深くかかわっている。
綺麗な黒髪はミディアムヘアになっており、さらさらっと綺麗に風になびく。顔立ちはとても整っており、優しい印象を与える。
性格も優しかった。それだけでなく、社交的で誰とでも仲良くなれる。面白味もある人間だった。
彼女は半年前に、交通事故で亡くなった。
信号待ちをしていたところに、車が突っ込んできたのだ。その車の運転手は居眠り運転をしており、あとの検査でアルコールも検出された。つまり、事故の原因は120%運転手。夕莉は何も悪いことをしていないし、罪もない。それなのに……死んだ。殺された。
そのことがショックで、ひたすらショックで、日常の何事にもやる気が起きない。
もちろん、ずっと引きずり続けてはいけない。どこかのタイミングで区切りをつけて、前に進まなくてはならない。
でも……どうしてもできないんだ。