それは、僕が小学3年の頃のはなし。


 下校時、家に早く帰ってゲームがしたかった僕は、ランドセルを揺らしながら通学路をばたばたとひとり駆けていた。

 すると。


 ガッ!!

 ドテッ!!


「いたっ!!」

 僕はちょっとした段差につま先を引っかけ、思いきり顔面からコケた。

「うう……」

 ゆっくりと体を起こし、転んで地面に打った額に手を当て、そぉ~……っとその手を視界に下ろして見た。すると。

「血…出てるっ……」
 
 額に触れた手のひらのまん中に、血がついていた。

「血……ひぃん、どうしよ、ひぃっく……いたいよっ……うぅ……ひぃっく……血が止まらなかったらどうしよう……うぅ……」

 転んだ痛みと『血が止まらなかったらどうしよう』という恐怖に堪えられず、僕は。

「うわああ~ん!!ふぐっひぐっっ!いたいよぉ!血がいっぱいでてるよぉ!どうしようどうしよぉっ!!ぅえええええん!!」

 顔中を涙と鼻水でびちゃびちゃにさせ、恥ずかしさを忘れて思いきり泣き声をあげた。

「おがぁ……さ……ふうぅぅぅええぇいたいよぅうううっぐっ!」

 僕は泣きながら家に向かって歩いた。


 家に着いても、僕はわんわんと泣いていた。涙と鼻水で濡れた手で家の扉を開けた。
 すると、家の奥から誰か来た。

「おかえりカナちゃん……って、どうしたの!?」

 お母さんと思ったけど、違った。

 家のとなりに住む夏帆お姉さん。10コ年が離れた、幼馴染みのお姉さん。お姉さんは僕が赤ちゃんの頃からいつも気にかけてくれてたようで、僕に会いに……というか、僕のお世話をしに僕の家に毎日のように来ていた。寝泊まりすることも多く、なんというかもう、この家の家族……僕の本当のお姉さんみたいな感じだった。

「あのね、早くお家帰ってゲームしたくて走ってたら転んじゃって。頭から血がいっぱい出てて……」

 ひっくひっくと泣きながら僕は夏帆お姉さんに言った。

「どれどれ~……あ~額のまん中怪我しちゃったんだね」
「僕しんじゃうの?」
「このくらいでしんだりしないわよ~も~……奏太は泣き虫なんだから~。ほら、リビング行くよ」

 そう言って、夏帆お姉さんは涙と鼻水でベトベトの手を握ってリビングへと手を引いてくれた。

「ほんと、どう転んだら額だけ怪我するかな~?」

 顔を近づけ、夏帆お姉さんは僕の額の傷を手当てする。僕の顔のすぐ目の前に、夏帆お姉さんの大きなおっぱいがぷるぷると揺れていた。僕は手当てされながらもひっくひっくと泣いていた。

「お薬塗って絆創膏も貼ったからもう大丈夫!も~!泣きすぎだよ、奏太~。お友達の前でもこんなに泣き虫なの?これじゃあお友達に笑われちゃうよ。ほら、いたいのいたいのとんでけ~!」

 僕の頭を撫でてくれるけど、それでも僕は泣き止まず。


 すると。


「もぉ~……仕方ないわね。口……閉じて。泣き止むおまじないかけてあげる……」

 ため息混じりに夏帆お姉さんが言った。僕はひっくひっくとさせながら、とりあえず口を閉じた。

 その、瞬間───────





 ……ちゅっ。




 夏帆お姉さんはゆっくりと眼を閉じて、僕の顔に顔を寄せ……そして、僕の唇にキス……した。

柔らかくてあったかい……夏帆お姉さんの唇。それと、僕の胸に押し当てられた、大きくてふよんと柔らかいおっぱい。

 夏帆お姉さんにキスされた瞬間、僕の涙がぴたり、と止まった。


 ちゅ……ぱっ。


 湿った音を小さく弾けさせながら、夏帆お姉さんの唇が僕の唇から離れた。

「……やっと、泣き止んだね」

 僕の頭を撫でながら、僕の顔のすぐそばでそう言って、にっと、薄く微笑んだ。優しく……けれども、どこか妖しい微笑み。

 ……ドキッとした。

 頬がぽわぽわ熱くなった。

 初めての感覚だった。
 
 僕はたぶんその時、夏帆お姉さんに恋をした。


 初恋、だった。


「……キスのことは、みんなには内緒ね。約束だよ」

 夏帆お姉さんは僕の耳元に唇を寄せ、囁くようにそう言った。