キッチンでは、理人がコーヒーを入れている。
トースターの音が「チン」と鳴って、私の手元には焼きたてのパンの匂い。

けれど——みんな、どこか落ち着かない。

「“ハッピーな発表”って、なんだろね」
朔都が食パンをかじりながら言った。
「会社のこととかじゃない? 共同プロジェクトとか」理人が返す。
「うちのママ、そういうの好きだもんね」
「もしかして、引っ越しとかだったらどうする?」
「やだ〜! にーな、いまのおうちがいい〜」

仁奈の抗議に笑いながら、私はテーブルをふいた。
どんな発表なんだろう。
海外で一緒に会社をやってる4人がそろって「帰国する」って聞いてから、ずっと胸がそわそわしている。

ピンポーン。

ドアベルが鳴いた瞬間、空気が止まる。
理人と目が合って、同時に立ち上がった。

玄関のドアを開けると、
久しぶりの4人の笑顔がそこにあった。

「ただいまー!」
「うわっ、本当に帰ってきた!」

朔都が勢いよく飛びつき、仁奈も少し遅れて抱きつく。
「ママー! パパー!」
「仁奈、背が伸びたねぇ!」
「朔都、元気そうだな!」

笑い声。
懐かしい声。
でも——その中で、ひとつだけ、目を引くものがあった。

理人のお母さんが、そっと両腕で包むように抱えているもの。
小さな、小さな毛布。

「……え?」
思わず、声が漏れた。
理人も同じ顔をしていた。

「それ……」

お母さんが微笑んだ。
「ふふ、びっくりすると思って」

次の言葉が、時間を止めた。

「昨日の夜ね、赤ちゃんが生まれたの。あなたたちの弟よ」

「ええええっ!?」

仁奈と朔都の叫び声が響いて、私の心臓も跳ねた。
だって——妊娠してたなんて、誰も知らなかった。

「えっ、うそ……ママ、おなか……」
「オンライン会議の時、全然わかんなかったよ!」
理人が半分笑いながら言うと、
お母さんは少し得意げに肩をすくめた。

「ふふ、内緒にしてたの。どうしてもサプライズにしたくてね」

毛布の中から、小さな寝息が聞こえる。
信じられないくらいちいさな手が、空気をすくうように動いた。

仁奈がそっと近づいてのぞきこむ。
「……ちっちゃい……ママ、これ……あかちゃん?」
「そうよ。仁奈のおとうと」
「……にーなの……?」
「そう。仁奈、お姉ちゃんになったのよ」

仁奈の目がまんまるになって、
次の瞬間、頬に涙がつたった。

「……ママ、びっくりしたけど、うれしい……」
「びっくりしてくれてありがとう」
ママが笑いながら、仁奈を抱きしめる。

私はその光景を見つめながら、胸の奥がじんと熱くなった。
驚きと、嬉しさと、少しの夢みたいな気持ちが混ざって。

隣で理人が小さく息をついて、
私のほうを見た。
「……まさか、弟ができるなんてな」
「ふふ、ね。急ににぎやかになりそう」