心地よい日差しの中、私とモルフォは屋上で寝転がっていた。

今日は瑠璃にショッピングモールに行こうと誘われたが断って燕くんを差し出した。

2人はクラスメイトと言う関係性だが瑠璃はコミュ力お化けなので大丈夫だろう。

さっきLINEした時も『つばめんとプリ撮った〜』と送られてきたぐらいだし。

申し訳ないけど目が大きくなった燕くんには笑ってしまったが。

何か進展があったらいいな〜と呑気なことを思う。


「もうすぐさ……夏休みだよね」


「うん」


「鳳はどこか行くの?」


長い髪が風に吹かれる。

絵のように美しい彼に羨ましさが積もるばかりだ。


「そうだなぁ〜家で新作のゲームしてるかも」


かもではない。

去年も一昨年もそうだった。

暑いなら家で過ごすのが1番である。

……モルフォはゲームをしたことがあるのだろうか。

お腹がすいて、コンビニのお菓子を頬張っていた時にとても興味深そうに見つめていた。

1つあげると本当に面白いぐらいコロコロ表情が変わったっけな。


「何笑ってるの」


「えっ」


顔を横に向けるとぷくーっと柔らかそうな頬を含ませている。

つい男であるのを忘れてしまう。


「モルフォと一緒だと楽しいなって思って」


そう言うとぷいっと顔を背けてしまった。

鼻の先に蝶が止まる。

多分瑠璃から貰った花についていたのだろう。

彼女は綺麗なものを見つけると真っ先に見せてくるのだ。

石、紙、葉っぱ、アクセサリー、鞄などなど。

至近距離で見る蝶は不思議と気持ち悪いとは思わなかった。


「モルフォはどっか行くの?」


「さっさぁね。大体留守番だろうけど」


温かい手が触れる。

ゆっくり彼の方を見ると、彼もこちらを見ていた。

蝶はどこかへ飛んで行く。


「ねぇ鳳」


「なに?」


1呼吸置いてから口を開ける。


「僕と遊ぼうよ」


「いいけど」


瑠璃以外に誘われたのは高校に入ってから初めてだ。

むくりと上体を起こす。

ちょっとだけ後頭部が痛かった。

鞄でも敷いとくべきだったな。

グッと伸びをしてスマホをいじる。


「どこ行く?」


ド定番と言えば海や夏祭りにプールなんかだろうか。

私の定番はゲームセンターだが。

チラッと見るとモルフォの顔が赤く染まっている。

熱でもあるのか?

四つん這いで彼の近くに寄り、上から覗き込む。


「えっなに」


前髪を分けて額をくっつけた。

瞬間、体温が上昇した気がする。


「ちょっ!?鳳!?」


「あっつ……こんな所より家帰った方がいい気がする」


「急に鳳が顔寄せるからでしょ!!!」


頬を膨らませてぷいっと顔を逸らす。

そんなにヤバいことはしてないはずだけど……。

ジッとモルフォを見つめると綺麗な瞳がこちらを捉える。

そのままグッと距離を詰められた。

相変わらず人形みたいだ。

しばらく見つめ合っていると、モルフォがグデッと崩れる。


「なんでさ恥ずかしくないの」


「恥ずかしがるとこなの?」


はぁーっと今までの中で1番の溜息を吐き出した。


「絶対僕以外の前ではやらないでね」


「うん」


艶やかな唇をキュッと噛み締める。

ちょっとだけ血が滲んでいた。

その表情は言い表せない気持ちを抱えた妹のようだ。

あぁ……帰りにプリン頼まれてたの忘れてたな。

しかもいつもの通学路とは逆方向……。


「めんどくさ」


「僕って面倒くさいの?」


「あっいやプリンの話」


「プリン?」


不安げな瞳が疑問に変わる。

私は妹から貰った画像を彼に見せた。


「家と逆方向なのに買って来いって言われちゃってさぁ〜参ったね」


べーっと舌を出す。

彼は考える素振りを見せた後、パッと私に向き直った。


「僕ん家の車乗る?」


「うえっ」


予想外の言葉に変な声が出た。


「いやぁ……悪くない?」


「どうせ僕か兄さんしか乗らない車だし」


金持ちだなぁと言う感想が真っ先にきた。

ちなみにその提案をされてから、私の右腕はがっしりと掴まれたままである。

これは頷かないと話してもらえなさそうだ。


「じゃあ頼もうかな」


「やった!」


モルフォが小さくガッツポーズをする。


「そんなに嬉しいの?」


「僕から誘って一緒に帰るの初めてだからさ」


はにかみながら笑う姿に不覚にもキュンとしてしまった。

可愛い。

細い腕に手首を掴まれて一緒に玄関まで歩く。

華奢な見た目とは裏腹に力が強くて驚いた。


「めっちゃ楽しそ〜」


「当たり前じゃん!」


テンションが高くなったのかスキップしながら突き進むので転けないように足を早めた。

こんな姿は出会った時からは全く想像できない。

なよなよした性格はどこへ行ってしまったのやら……。

瞬間背筋がゾクリとする。

モルフォの腕を強く引っ張り、後ろに倒れさせた。


「わっ」


短い声とともに窓ガラスが盛大に割れた。

近くには野球のボールが転がっている。


「鳳!!!」


急に叫ばれたので肩がビクッと上がってしまう。


「なに?」


「何じゃないよ!怪我はっ!」


太ももの上に乗った彼があわあわと慌て出す。

別に痛みもなかったので首を横に振った。

ちょうどその時、近くに居た生物の先生が駆け寄ってくる。


「2人とも!一体何が起こったんだ!?」


「いやぁ……私達もよく分からなくて」


本当に反射的に動いたからなぁ。

そう呑気に思い出していると足が痛み出した。

なんだ?と伸ばしていた足を曲げると、足首の辺りから鮮血が伝っていくのが見える。

なるほど切ったのか。

未だに慌て続けている彼の背中を擦り奥の人影に注目した。

ぴったりした服にガッチリした体。

野球部である。

足音に気づいた先生は彼らの方を振り向くと般若の顔でジリジリと距離を詰めていく。

この先生怒るとめっちゃ怖いんだよなぁ。

早くこの場から離れたいがモルフォがどいたとて、痛みに足を動かせそうにもない。


「鳳……!!血がっ!」


「あっいや、別に気にしなくていいよ」


「保健室行こう!」


「えっちょっわっ!?」


抵抗する暇もなく私は彼に抱えあげられてしまった。

お姫様だっこである。

いや恥ずかしいです胡蝶さん。

床に血が滴ってないか心配したのだが、本当にいつの間にしたのかハンカチと紐で固定されていた。

保険室は玄関を通り越してあるのですぐに着く。

そのまま先生が手当をしてくれて……彼の車に乗っている。

いや元々その予定だったから当たり前なんだけど。

隣でモルフォは優しげな笑みを浮かべて楽しそうだ。


「鳳〜顔赤いけど大丈夫〜?」


「すっごい大丈夫〜」


口ではそういうものの、ずっと顔は熱いままだった。