「鳳、くれぐれも相手に失礼のないようにね」


「分かってるよママ……ったく私がどこぞの財閥の社長子息と会うからってそんな」
「もしかしたら娘が玉の輿に乗れるかもしれないのよ?ちょっと期待しちゃうじゃない」


子供のような笑みを浮かべる母さんは会社の事務員だ。

持ち前の明るさで結構人からは好かれている。

はあっと溜息をついて玄関を開けた。


「死んでかえってこないでよー!」


「分かってる分かってる……行ってきます」


「行ってらっしゃ〜い」


元気よく手を振るので、振り返した。

相変わらずパパはいい人を見つけてきたなと思う。

ちなみにパパは普通のサラリーマンだ。

塀の上に猫がいる。

今日は天気がいいから日向ぼっこでもしているのだろう。

頭を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らした。

可愛い。

分かるはずが無いのに「じゃあね」と言ってから待ち合わせ場所に急いだ。

雑居ビルの中に1つの銅像がある。

そこで待ち合わせしようと話していたのだが……ナンパされていた。

めちゃくちゃガン無視している。

まぁ気にせず行こう。

堂々と彼だけを見て「ごめん、待たせた」と可能な限り爽やかな笑みで言った。


「あっあっくん!待ってたんだよ〜♡早く行こ?ねっ?」


猫なで声で腕を組んでくる。

私はそれに「分かったからそんなくっつくなよ〜」と馬鹿っぽく喋ってみた。

ナンパをしていた彼らはつまらなそうに去っていく。

もう彼らが見えなくなった距離で腕を離した。


「にしても災難だったね。あとその髪型似合ってる」


「いっつも髪ばっかり褒めるじゃん、他のところはないの?」


最近のモルフォは変わった。

初めましての時は敬語でこちらに目を合わせもしなかったのに。

今ではぷりぷりと怒っているだけのハムスターになっている。

まるで私が彼氏になった気分だ。

彼氏ってこんなに面倒臭いのか。

大変だな。


「いいじゃん、そのパーカー。ってきりもっと金持ちっぽい服来てくるかと思ってた」


「んなわけないだろ。あんな服着てたら嫌でも父さんを思い出す」


「嫌いなんだ。まっ猫愛でて期限直そ」


グイグイと背中を押す。

サイドテールが凶器のように揺れている。

私も可愛いファッションが好きならこういう髪型もしたのだろうか。

短い髪は首が寒い。

程よい距離感の中歩いていると、看板猫がいた。

真っ黒な猫で今日の塀にいた子に似ている。

中に入ると店員さんがひょこひょこと近づき、予約が入っているかを訊かれた。

それに頷き席を案内される。


「にゃあ」


リボンをつけた白猫が様子を伺うように首をこてんと傾ける。

可愛い……。

思わず声が漏れそうになったが、ぐっと堪えた。

多分考えている以上に大きな声が出そうだったから。


「めっちゃ可愛いんだけど。まじやばい」


「分かる……触っていいかな」


「いや、あっちから来た時に撫でるのがベストだよ」


いつも以上に興奮気味のモルフォに頬が緩む。

よくよく考えるとコイツ男なんだよな。

見た目で判断しにくいだけで、声も低いし手もゴツゴツしてるし。

彼を見つめていると足首がくすぐったい。

テーブルの下を除くとあの白猫がにゃあと鳴いた。

手を伸ばすと甘噛みをされる。

結構痛い。

ゆっくり引き抜くと痕は付いていないみたいだった。


「はぁ〜猫欲しいなぁ〜」


「分かる……あっ飼ったら見せてよ」


「しょうがないなぁ。…………ねぇ鳳、今度さ……家……来ない?」


上目遣いに恥ずかしそうに返答を待っている。

恋する乙女か。


「いいよ。豪邸って興味あるし」


そう言うと小さくガッツポーズをする。

そんなに嬉しいのだろうか。

猫が描かれたラテアートをゆっくり揺らす。

実はここのカフェに来たのは猫を愛でるためではなく、猫の形をした料理が美味しそうだったからだ。

だが私は猫の魅力にお腹いっぱいになりそうである。


「お待たせしました〜。こちら、にゃんにゃんパンケーキとシロちゃんが選んだフルーツケーキで〜す」


甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


「いただきます」


「写真撮らないの?」


「撮るなら撮っていいよ。冷めるから早くしてね」


「いや、学校の人と行く時は写真撮ってるからさ」


……ストーカー。

一瞬脳をよぎったが、帰り道のカフェだったら発見する可能性もあるか。

パンケーキをクリームにつけて口に入れる。


「周りに合わせてるだけだよ、」


なんの感情も籠っていない声でそう言った。

私は何も気にしなかったのだがモルフォは気まづそうに目を逸らす。


「モルフォ、あーん」


「えっあっ」


「……あっごめん。恋人でもないのにやばかったかな」


普段妹にする感じでやってしまった。

行き場を無くしたフォークは自分の方に持っていく。

頭では男だって分かってるに、顔がどうしても女に見えて仕方がない。

馬鹿にしているのではなく褒めている。

実際彼は男女共にモテていた。

「あの顔なら全然付き合える」とか「1回でいいからデートしてみたい」とか。

私に関するので言えば「綺麗すぎて手を出しにくい」だとか「3日で飽きそう」とか……。

うるせぇなぁ。


「ケーキ食べないなら食べちゃうぞ〜」


「いいよ。ちょっとあげる」


優しい笑みを浮かべて差し出す。

それに遠慮なくフォークを突き立てて食べた。

程よい甘さでしつこくない。

シロちゃんが選んだフルーツも美味しい。

特に苺が甘酸っぱくて頬が緩む。


「ありがとう、美味しい」


口の端についた生クリームを手で拭う。

ちょっと行儀悪かったかな。

横目で彼を伺うと顔が赤かった。

暑いのか?

震える手付きで平たくなった場所を掬った。

私はモルフォより早く食べ終わったので、シロちゃんを撫でていたのだがようやく気づいた。

まさか関節キスだと思ってるのか?

……いやいやいや…………。

うん、昨日雨が降ったからそのせいだなきっと。

それ以上深く考えずに近づいてきたサバ柄の猫とシロちゃんをただひたすら撫でまくった。

ーーーーーーーー当たり障りのない会話をした後私たちは帰路に着いた。

途中カップルにすれ違う。

ザ・私達ラブラブでーすみたいな感じの。

中学生まではリア充爆発しろとか考えていたが今はどうでもいい。

でも視界に映るとなんとも言えない気分になるので頑張って逸らしている。

そもそも私は本当に彼氏が欲しいんだっけ。

皆が望むような優しくてイケメンで……。

にゃあと鳴く声がする。

振り返るとまたあの黒い猫がいた。