私立大紫高校は全国から美男美女が集まる。

それはきっとこの高校にモデルやアイドルや役者といった芸能界入りをしている子が多いからだろう。

2年A組学校のマドンナである私、鳥羽鳳(とりばねあげは)は血反吐を吐く努力をして手に入れた美貌を優雅に見せつけてアーチ状の校門をくぐる。


「おっは〜あげあげ!」


「おはよう瑠璃(るり)。今日も元気ね」


誰もが釘付けになるような微笑みを浮かべる。

よし……完璧。

1人心の中でガッツポーズを決める。

縦波瑠璃(たてはるり)は私の小学生時代からの幼馴染だ。

子犬のようにパッチリした目に肩まである、所々うねった髪が風でふんわり揺れる。

にしても〝あげあげ〟はなんだろうか。

私が常にアゲアゲみたいじゃないか。

あながち間違っていないけれども。


「ねぇあげあげ、今日転校生来るの知ってる?男の子らしいけど」


「ついに私にも恋人が出来るチャンスきたのかしら」


「いやぁ……あげあげは高嶺の花すぎて中々手が出しにくいっていうか」


苦虫を噛み潰したみたいな顔をして露骨に視線を逸らす。

本当に犬みたいに反応が分かりやすくて助かる。

何となく頭を撫でてみると、触り心地がよく手が離れない。



「ちょっとあげあげ〜せっかくセットした髪型崩れちゃうじゃん」


「あっごめんね。触り心地がよくってつい……」


潤んだ瞳を2、3度(またた)かせた。

私は彼女より10cm高いから上目遣いが出来なくて困る。

せっかく練習したのに。

下駄箱で靴を変えて階段を登っていく。

その間も優雅に優雅に……しすぎてずっこけそうになったのはここだけの話。

SHRの時間になり、ついに転校生が紹介される。

緊張しすぎてヘアアレンジを5回やり直すぐらいにはバックバクだ。


先生が眼鏡をクイッとあげる。


「えぇ〜今日は皆に紹介したい生徒がいる。入ってきていいぞ」


気だるげに告げられて皆の視線が扉に集まる。

ガラッと音を立てて入ってきたのは男の子ではない……男の娘だ。

腰まであるブロンドヘアーに切れ長の瞳に、鼻が高くツヤツヤとした唇。


「綺麗……」


目が合った。

彼はチョークを手に取り、黒板に文字を書き始める。

まるでお手本のような字は〝胡蝶(こちょう)モルフォ〟で止まった。

ハーフだろうか。

先生が私の隣を指差し、彼がゆっくり近づいてくる。


「よろしく。鳥羽さん」


差し出された手を握るとそれはしっかりゴツゴツとしていた。

余裕ぶった笑みに腹が立つ。

優雅に席に着くとしっかりと前を見据えた。

それが私のように演技ではなく、自然にこなしているのが何より腹が立ってしまう。

隣の芝は青く見える。

彼は放課後までその解釈を保ったままだった。

〝美しく可憐な蝶〟のまま。

私は生徒会副委員長としての仕事を終えて帰路に着くところだった。

そこにはヨレヨレになった蝶が何かを待っている。


貴方(あなた)、大丈夫?体調が悪いならこの水を……」


鞄から新品のペットボトルを取り出し、顔を覗き込む。

瞬間驚きのあまり固まってしまった。

ボサボサな髪に中途半端に着た上着、半開きの鞄からは胡蝶モルフォが使っていた綺麗な青色の筆箱が覗いている。

怯えた瞳で口は開いたり閉じたりを繰り返すだけだ。


「胡蝶さん。どうしたのよ……綺麗な髪が台無しだわ」


「あっえっと……あのっ」


私は彼が話し始めるまでただ黙っている。

数分経った後、少し落ち着いたようでこちらに視線を合わせた。


「ごめんなさい。幻滅しちゃいましたよね」


「確かに幻滅したわ。何をどうしたらそんな事になるのかにね」


ふんっと鼻を鳴らしてポケットに入っていた(くし)を使って髪をとく。

自分にはない髪色に思わず見惚れてしまった。

フリルをあしらったドレスなんかが似合いそう。


「本当、サラサラだわ……まっ私の方がサラサラだけどね」


「えっ」


「ほらほら、そんな着方じゃ服が可哀想だわ」


未だに状況を呑み込めていない彼に私はずっと疑問に思っていたことがある。

服をきちんと直され元通りになってもずっと俯いており、今朝の自身はまるでどこかに飛んでいったままのようだ。


「顔を上げなさい。貴方は堂々としていた方がいいわよ」


「君には分かんないよっ!!!」


弾かれたように叫んだ。


「君みたいに堂々としてる人には僕がどれだけ無理して頑張ってるかなんて分かんないよ」


……イラッときた。


「無理して頑張ってるなら休めばいいじゃない。ほら、行くわよ」


「へっあの、ちょっと待ってどこに」
「最近気になってるカフェがあるの。だからそれに付き合ってもらうわ」


困惑を浮かべている彼を無視して、ほっそりとした手首を掴んでズカズカと歩き出した。

優雅なんて言葉は似合わない。

きっと今は〝粗野(そや)〟という言葉が似合うだろう。

こんな姿見られたらどう言い訳しようか。

そんなこんなでモルフォと一言も喋らないまま目的地へと到着した。


「モルフォは何が好きなの?甘いものは苦手だったかしら?」


「いや、好きです。あの……名前……」


「貴方っていうのも他人行儀な感じがするでしょう?ほら、私達、席が隣同士だし」


注文したメガ盛りパフェと、バスクチーズケーキが届く。

長いブロンドヘアをまとめているが、結び方がめちゃくちゃだ。

彼はずっと私の心を逆撫でている。

例えるならば綺麗に飾り付けたケーキを上から叩き潰されたみたいに。


「このケーキ、美味しいです」


「チーズケーキ好きなの?」


「はい。くどくならない甘さが好きなんです」


その時、初めて心から笑ったモルフォを見た。

初対面だから当たり前なのだがそう思ったのだ。

虚ろな瞳に少しだけ光が宿っている。


「あの……そのパフェ食べ切れるんですか?」


心配そうな表情でこちらを伺う。


「えぇ大丈夫よ。食べた分だけ運動すればいいから」


そう言ってスプーンを奥まで突っ込む。

苺のジュレとコーンフレークを掬い、口の中に入れる。

違う食感同士が組み合わさりハーモニーを奏でていた。


「ねぇ、私達友達になりましょう。LINE持ってる?」


「あっはい。でも返信遅いかもしれません」


「いいわよ、カフェ巡りする時に呼ぶわ」


「他のお友達とはしないんですか?」


氷がカランと崩れる。


「瑠璃は甘いものが苦手だからね。それに、他のお友達だと少し疲れてしまうの。学校のマドンナはこんな大きすぎるパフェ食べないもの」


「だからズボンを履いているんですか?」


ついに最後の一口を食べ終えた。

私はいつも寄り道をする時には変装をする。

化粧は薄くし、スカートからズボン、髪型もウイッグを外してロングヘアからショートヘアに。

基本的に歩き方や口調も変えているが今日は気を抜いていた。


「まぁね」


「蝶羽さんも……誰かに言われて演じてるんですか?」


暗く沈んだ顔色。

そんなことを言うのは自分がされているからなのか。


「いいえ、ただそっちの方が生きやすいのよ」


「生きやすい?」


「トップに立てば虐められないでしょう」


ゆっくりと目を閉じると思い出が蘇る。

もう二度とあんなことにされないように。

ならないように。

グラスに入った水を飲み干した。