光が差す校舎裏、僕 稲本 宵(いなもと よる)は深呼吸をして目の前の彼女に言葉を紡んだ。

「 好きです! 付き合ってください! 」

ガバッと頭を下げ、彼女めがけ腕をのばす。

我ながら、だいぶな典型文だと思う。
それでも今の僕の気持ちを一番に表してくれるのはやはりこの言葉だけだった。

「 っえ 、 」

下げた頭の上から困惑した彼女の声がきこえる。

それでも構わず一層腕をピンとのばした。

「… よろしく 、 お願いします 」

彼女の綺麗なソプラノが響いた。 ああ、やっぱりそうだよな、僕なんかじゃあ彼女には不釣り合いなんだ。

… ん ?

「 、え っ 。 えっ !? 」

勢いよく顔をあげると、そこには頬を淡く染める彼女がいた。

「…聞き間違い、 ですか ?」

彼女の言葉が信じられず、自分の頬をつねりながら、再確認を行う。

そんな僕の問いかけに彼女は否とでも言うように柔らかく、とても柔らかく微笑んだ。



「お前ぇぇっ! よくやったなぁ宵〜!」

ふわふわとした頭で教室に戻ると、友人の井上 秀一(いのうえ しゅういち)がご自慢の筋肉で握りつぶすかのように祝いのハグをしてきた。

「うるさっ! でもありがとな」

こいつの声はよく通る。いつも騒がしくて仕方がない。もっと自分の声量に自覚を持って欲しいところだ。
そんなことを思いながらも大切な友人からの祝いに笑顔で応える。

「とうとう宵にも春が来たんだなぁ…!お父さんは嬉しいぞ宵〜!」

「誰がお前の息子だバカ」

「冷たっ!?こんなに祝ってやってるのにそれはないだろうがよ!
…まあ、ほんとによかったよ。お前ほんとにあの子のこと好きだったもんなぁ」

「そりゃあそうだろ。あんなに綺麗な人のことを好きにならないお前がおかしい」

「は〜いさっそく惚気頂きました〜明日燃えるゴミの日なので捨てときま〜す」

「燃えてる恋ってことか。確かに燃えてるよ僕は。はは」

「くそうぜえ。お前ごとゴミに出してやるよ」

「やめんか」

そんなくだらない茶番を繰り広げていたら、彼女が教室に戻ってきた。
一緒に教室に戻るのはなんだか恥ずかしくてお互いに一旦トイレ休憩を挟み時間を置いてから教室に戻ったのだ。
あまりにもピュアすぎる。

どうしても目が彼女を追いかけてしまうので抵抗するのはやめて優雅に歩く姿を大人しく見つめていた。

すると、彼女もこちらを気にしてくれたようでばちっと効果音が鳴りそうな程に目が合ってしまった。
綺麗な瞳が僕を離してくれない。

ジッと彼女を見つめていると彼女は少しなにかに迷うような素振りをみせおたおたとしてから、観念したかのように笑いこちらに手を振った。

え 、 可愛い。

思わず声に出そうなほど愛らしいこの子が、今日から僕の彼女になってくれたのか。
あまりの可愛さに脳をやられながらも手を振り返そうとしたその瞬間。


ドカン。




耳をつんざくような、でもどっしりと重い爆発音が僕を襲った。

何が起きたのか理解ができなかった。

ただ気絶していたらしく、次に目を覚ますと右頬を血で真っ赤に染め痛みにもがく秀一が目の前にいた。

そこにあったはずの、秀一の右耳が消えていた。

動けない。

喉が、かひゅ、と音をたてたような気がした。

その次に、はっ、はっ、というような過呼吸が顔を出す。

そしてやっと声が出るようになった僕の喉からありえない程の悲鳴が出ていった。


「うあぁあぁぁぁぁぁぁあああぁぁ !!」

ばちん、と金縛りがとけたような感覚に陥りバッと辺りを見回した。

先程まで談笑をしていたはずのクラスメイトたちは瓦礫につぶされていたり、どこかへ飛んで行っていた。

なぜ?なんでこんなことに?
そんな言葉ばかりが頭に出てくる。

そうだ。彼女は無事なのか。

秀一を抱えながらもう一度辺りを見回し彼女を探す。視界がぼやけてうまく他と彼女の判別ができない。



あ、 いた。



教室の後ろ側、床に座り込むようにして気絶している彼女を見つけた。

だめだ。駄目だダメだだめだ。

ガバッと倒れ込むようになりながら彼女に近づく。

秀一をゆっくりと横たわらせてから、彼女の手首部分の袖を捲し上げ脈をはかろうとした。

一気に手の力が抜けた。

「…き、ず?」

彼女の手首にはもう切るところなんてない程の無数の傷がついていた。

今の騒動でついたものか?いや違う。

新しい雰囲気のものもあるが、だいたいが古い傷だ。
自分でつけたのだろうか。

「、いや、それどころじゃない 」

僕は呼吸を整えてからもう一度彼女の手首に指を当てた。

「よかった、脈は正常だ」

見たところ外傷もなさそうだし、教室に置いてある大きめの掃除道具用ロッカーの出っ張りか教室の机椅子が彼女を守ったのだろうか。

そんなことを考えていると、寝かせていた秀一がうう、と唸った。

「秀一!待てよ、今ハンカチを洗ってくるから」

気絶している彼女と秀一の周りの細々とした瓦礫をぱっとはらって立ち上がる。

廊下の水道まで行こうと教室を出ると、泣きたくなるほどの惨状だった。
どこから来たのかも分からない岩に押しつぶされている生徒やひしゃげた窓枠。

そこかしこから鉄と焼け焦げたような匂いがする。お腹から何かがせり上ってくる感覚。

さっきまで、ここにいる人間みんな生きていたのに。

歯を食いしばりながらなんとか水道でハンカチを濡らし、秀一の元へ急いだ。

「秀一、秀一!お願いだ、起きてくれ」

血を少しずつ拭き取るように秀一の傷口にハンカチを当てる。
想像を絶する痛みだろう。

まだ目を覚まさない彼女と秀一を交互に見ながら吐き気に耐える。

その時、ぴこん、ぴこんぴこんぴこんぴこん。

とクラスメイト数人のスマホと僕のポケットが鳴った。

そうだ、スマホがあった。
バッとスマホを取り出し、通知を確かめる。

その通知の見出しには信じ難いことが書かれていた。

『隕石の出現、𓏸𓏸高校を中心に東京都に衝突か』

僕の通っている高校名と、全くもって親しみのない隕石の文字。

「…は?」

隕石?地球に?…衝突?
受け入れ難い言葉に脳が困惑する。

やっと絞り出した言葉は

「そんなの、ありかよぉ …」

という情けないものだった。





どれだけ時間が経ったのだろう、日がとっぷりと沈んでいた。もうスマホを見る気力もない。
警察や大人たちは何をしているんだ。

横たわっている秀一を挟んでまだ目を覚まさない彼女の前にうずくまってから動けないでいた。
この隕石とやらの衝突のせいでおきた異臭に対して吐き気を耐えることで精いっぱいだ。

「…もう嫌だ、」

心が折れかけまた少しずつ視界がぼやけてくる。
泣くな、泣きたくない、泣いてもいいの?

いや、彼女の前では泣きたくない。

そう思い出てくるものを堪えようとしたその時、



「ぅ、 …いなもと、くん…?」

一瞬、自分の耳を疑った。3秒間のフリーズを挟みバッと顔をあげる。

ずっと待ち望んだ声だったんだ。

「っ、…加賀谷さんっ !」


そう、これは、この物語は。

僕と彼女…。加賀谷りん(かがや りん)の長くて短い、そして脆く美しい3日間の物語。