「心配なら要らないわ。既にお友達夫婦もマレーシアに移住しているから」
「あと、仕事の引き継ぎもせずに行くような無責任な真似はせんよ」
 両親は、移住にかなり憧れている様子である。
「少し考えさせて⋯⋯」

 翌日、仕事が終わると、いつものように玲司は日美子の屋敷に向かった。
「日美子。今夜はここで一緒に夕飯を食べていってもいい?」
「どうぞ」
 テーブルを挟んで一緒に鍋をつつきながら、玲司は昨日のマレーシア移住話を日美子にこぼす。
「玲司は、ご両親に行かないでほしいの?」
「そうじゃないけど、なんだか心配で⋯⋯」
「大丈夫じゃない?ご両親、年齢的にも老い先短いだろうし、余生は好きにさせてあげてもいい気がするけど」
 相変わらず、日美子の言葉は直球である。
「そうだね⋯⋯離婚するわけでもなければ、時々は帰ってくるって言ってるし」
 そこまで言って、玲司は自分の失言を激しく悔やんだ。