どんなときもマイペースを崩さない日美子だが、珍しく落ち込んでいる様子だ。
「そんなわけがない。適材適所だよ。日美子がやってる何ヵ国語もの翻訳だって、それが出来る人は国内にどれだけいる?」
「でも、私が出来る翻訳は、実務翻訳だけよ?間違っても、映画とか小説の翻訳の仕事なんて出来ない」
「やりたいの?」
「それほどじゃないけど⋯⋯。玲司に聞きたいことがある」
 日美子のほうから質問するとは、これもまた珍しい。
「何かな?」
「I miss youって、どういう感覚なの?私、一家離散⋯⋯というより、最初から偽りの家族で、一人になって。あれから一度も両親と会ってなくても、何も感じないの。こんな基本的な情緒もわからなくて、とても映画や小説の翻訳なんて無理でしょ?」
「日美子。そんな感覚、無理に知る必要はないよ」
「どうして?」
「そんなの⋯⋯わざわざ悲しい気持ちになることないじゃない」