「入学式だそうですよ。今日」

廊下を歩きながら窓の外をぼんやり眺めていたとき、
隣を歩く後輩がそんな声をかけてきた。

「へぇ……道理で、スーツ着た学生が多いわけだ」

中庭の桜は、すでに八分咲き。
風が吹くたびに、白衣の袖に花びらがふわりと乗った。

デスクに戻ると、スマホが小さく震えた。
画面には、ひとつの新着メッセージ。中野さんからだった。

――『日向さん。今日少し会えませんか』

思わず手が止まった。

(……どうした?)

胸の奥が、かすかにざわつく。
しかし内容を見返して、すぐに現実的な結論を出した。

(何か相談か。新生活のことででも……)

『昼休憩で10分ぐらいなら抜けられるかも。どうしたの?何か相談?』

そう返信して、
再びカルテに視線を戻そうとした、その瞬間――

画面がもう一度、光った。

――『はい。恋愛相談、です』

指先が止まる。
次の瞬間、息をするのを忘れた。

……恋愛、相談?

思わず眉が上がった。

(あぁ……なるほど、そういう年頃か)
可愛い子だし、大学に入ったばかりだし。
そりゃ、好きな男の一人や二人できる頃だろう。

『する相手、多分正しくないけどわかった』
そう打ち込んでから、つい小さく笑ってしまう。

(“恋愛相談”って、俺でいいのか?)
……いや、ないだろ。
きっと年上の男としての意見を聞きたいだけだ。
それなりに信頼できて、一番話しやすい相手が俺だった――それくらいの理由だろう。

軽くため息をついて、スマホをデスクの上に置きなおした。
(さて、恋バナ相手になるとは思わなかったな……)

頭のどこかでは、
「どんな奴なんだろうな、その相手」とか、
「まぁ、俺よりは年が近いだろう」なんて、
完全に“部外者の大人”の余裕で想像していた。