公園を出る頃には、
夕方の光が少しだけオレンジを帯びていた。

風が冷たくなって、
舞い落ちる花びらがゆっくりとアスファルトに溶けていく。

胸の奥にあった温かさと、
名残惜しさが混ざって、言葉にならない。

「……ありがとうございました。
 突然だったのに、お願い聞いてもらって」

私がそう言うと、
日向さんは少しだけ首を傾けて、穏やかに笑った。

「いや。いいよ。……満足してもらえたなら、良かった」

その声を聞いただけで、
心の奥がまた少し痛んだ。

「綺麗でした。本当に」

「そうか」

「……一生、忘れないです」

「言い過ぎ」

「いえ。今日のことだけじゃなくて。
 理緒とのことも含めて……
 日向さんと過ごした日々は、忘れられません。

 あの日々がなかったら、
 私、医者になろうなんて、きっと一生考えなかった」

言い終えたあと、
風の音だけがしばらく続いた。

日向さんは何も言わず、
ただ小さく息を吐いて、優しく頷いた。

その横顔を見ていると、
どうしてだろう、
涙が出そうになった。

夕陽が傾いて、
光の縁だけが彼の枯草色のコートを淡く照らす。

この瞬間を、
どんなに時が経っても思い出せる気がした。

たぶん——
この人がいたから、私は今ここにいる。

「……じゃあ、また」

そう言って背を向けた日向さんの後ろ姿が、
桜の花びらの向こうに滲んで見えた。

私はそっと頭を下げて、
それ以上何も言えなかった。