「にしても、もう大学生か。……楽しみ?」

「……合格決まった時は、嬉しかったんですけど。
 時間が経つと、不安も出てきちゃって。
 やっぱり、大変でしたか?」

日向さんは手元のカップを少し回してから、
ふっと穏やかに笑った。

「一年は普通に遊んでいいよ」

その声が春の空気に混じって、
風に揺れる花びらと一緒に静かに耳に届く。

「まだ授業も軽いし、試験もそこまで厳しくない。
 でも二年になると、一気に忙しくなるから、覚悟しといたほうがいい。解剖実習があるから」

「……解剖……」

私はその言葉を小さく繰り返した。
まだ想像もつかない現実の響きに、少しだけ息をのむ。

「最初は誰でも怖い。
 でも、そこを越えると、ようやく“人を診る”ってことの
 重さと尊さが分かるようになる」

日向さんは空を見上げて、
枝の隙間から落ちる光を眩しそうに見つめた。

「大丈夫。中野さんなら、ちゃんと乗り越えられるよ」

その言葉に、胸の奥が熱くなる。
根拠なんてないのに、
なぜかそう言われると“きっと大丈夫だ”と思えてしまう。

……この人の言葉って、
どんな不安も一瞬で溶かしてしまう。

その横顔を見つめながら、
私はやっぱり、この人に単なる憧れ以上の深い気持ちを抱いていることを実感した。
……この人の隣に居ると、全てが満たされる気がした。


淡い風が吹き抜け、
ひとひらの花びらが二人の膝のあいだに落ちた。

それを拾おうとして、指が少しだけ触れた。

ほんの一瞬だったのに、
心臓が跳ねる音が自分にだけ聞こえた気がした。