おやすみなさい、いい夢を。




彼と約束した3月の終わりの代々木公園は、折よく桜が満開だった。

薄い陽の光の下で、風が吹くたびに花びらが舞い、
あたり一面が淡い霞のように揺れている。

ベンチに並んで座って、
スターバックスで買ったばかりのホットコーヒーを両手で包む。
カップから立ちのぼる湯気が、少しだけ顔にかかってくすぐったかった。

「ありがとうございます。ご馳走してもらって」

そう言うと、日向さんは少し肩をすくめて笑った。

「いいよ。言っただろ。今日は何だって奢ってあげるって」

優しい声だった。
それだけの言葉なのに、
なぜか胸の奥がじんわりと熱くなった。

迷った末に、
私は思わず口にしていた。

「……そんなの、なんかデートみたいです」

言ったあとで、
“あ、まずいこと言ったかも”と思った。

けれど日向さんは少しだけ驚いた顔をしてから、
困ったように微笑んだ。

「……まあ、そう聞こえても仕方ないかもな」

その笑い方が、
どうしようもなく優しくて、
ますます何も言えなくなった。

花びらが風に乗って舞い降り、
ひとひらが私の髪に触れた。

日向さんの視線が、一瞬そこに向く。
そして何か言いかけて、結局何も言わなかった。

……胸の鼓動が、ほんの少し早くなった。
きっと気づかれていない。
でも、私はもう自分の顔が熱いのを誤魔化せなかった。