一瞬、
彼女がかつてそうしたように、
自分も彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。

ただ、それは恋情ではなかった。
あまりにも優しい言葉に、
壊れかけた心がほんの少し救われて、
その温もりに触れたくなっただけだった。

……けれど、あまりの馬鹿らしさ、浅ましさに思わず自嘲する。

そんな資格、自分にはない。
理緒を救えなかった人間が、
その友人にすがろうとするなんて、
滑稽にもほどがある。

ほんの一瞬でもそんなことを考えた自分が、
ひどく情けなかった。

中野さんは何も知らずに、
穏やかに笑っていた。

その笑顔が、
どこまでもまぶしく見えて、
胸の奥が少し痛んだ。

——この子は、もう自分の手の届かない場所に行く。
それでいい。
それが一番、正しい。

だから俺は、
その衝動を胸の奥深くに押し込めて、
ただ穏やかに微笑み返した。

「……頑張れよ」

そう言った声が、
自分でも驚くほど静かだった。