あぁ、でも。そう言えば——この子にも言わなくちゃ。
俺はもう、こんなクソみたいな職場を辞めるんだって。

もう患者の死を“データ”として処理するような場所で生きるのは無理だ。
理緒の件以来、何をしていても息が詰まる。

彼女の顔を見ながら、
そんな言葉をなんとなく口にしかけた時だった。

彼女が、小さく息を吸い込んで、
思い切ったように言った。

「——医学部、本気で目指そうと思って」

その一言が、
不意に胸の奥を刺した。

「……え?」

思わず聞き返していた。
中野さんはまっすぐこちらを見ていた。
その目に、迷いがなかった。

「日向さんみたいに、人を助けられる人になりたいんです」

何かを言おうとしたのに、
喉の奥が動かなかった。

ほんの数分前まで、
“もうこんな病院なんてやめよう””最前線になんてしがみつく必要ない”と思っていたはずなのに、
この子の言葉を聞いた瞬間、
胸の奥でまだ何かが燃えているのを感じた。