「御崎先生。お客さんですよ」

声をかけられたのは、
長かった冬がようやく終わろうとしていた三月の中頃だった。

カルテを閉じ、顔を上げる。
ナースステーションの片隅で、看護師の一人がこちらを見ていた。

「……? アポあったっけ。誰?」

そう問いかけると、
意外な名前が返ってきた。

「桜ちゃんです。理緒ちゃんの友達の。覚えてますよね?」

一瞬、思考が止まった。

「……中野さん?」

看護師が頷く。

「はい。中庭で待ってるそうです」

その言葉が、
なぜか時間の奥から響いてくるように聞こえた。

……最後に会ったのが、いつだったか思い出せない。
理緒を送った日から、
もう二度と彼女に会うことはないだろうと、どこかで思っていた。

それなのに今、
あの名が、ふいに現実に戻ってきた。

視線を落とすと、
指先がかすかに震えていた。

「……分かった。行くよ」

白衣の袖を軽く直して、
ゆっくりと中庭へ向かう。

外の光が窓を透けて差し込み、
冷たい病院の空気をわずかに温めていた。

——あの冬が終わる音がした。