もう無理だ。
もう本気で続けられない。
こんなところにいたら、
きっと俺は、人間でいられなくなる。
分かってる。
大学を、医局を辞めたら、
医者としてのキャリアはほとんど詰んだも同然になるってことくらい。
第一線からは外れる。
それが何を意味するか、
何度も、何度も考えてきた。
——教育もできない。
——研究もできない。
——論文も書けない。
最先端から程遠い現場に身を置くことが、
果たして自分のプライドとして許せるのか。
ここで得たもの、積み上げてきたもの、
全部を不意にしていいのか。
……そうやって、いつも踏みとどまってきた。
“まだやれる”“まだ耐えられる”って。
けど、もう駄目だ。
人の命を数字で語る連中の中にいると、
何が正しいのか分からなくなる。
いつの間にか、自分まで同じ顔をして笑っている気がして怖くなる。
理緒を失ったのは、
俺の手の届かないところで起きた不幸だと、
何度も言い聞かせた。
けれど、あの夜以来ずっと胸の奥で、
誰かが囁き続けている。
——ほんとうに、それでいいのか。
“救えなかった”という事実を
職業倫理で塗り潰して、
自分を守るために納得して、
そんな自分の何が“医者”なんだ。
喉の奥が焼けるように熱かった。
息を吐くたびに、胸が痛い。
白衣を脱いで机に置く。
指先が少し震えていた。
「……もう、いい」
その言葉が
思いのほか、静かに響いた。


