理緒と出会ったばかりのその当時、俺は正直、心底苛立っていた。

あのサイコパス上司――。
俺がどれだけ「子供の担当医なんかやりたくない」と訴えても、いつも通りにこにこと笑って
「経験だから」「避けて通れないから」と一言で片づけられて、微塵も聞き入れてはくれなかった。

本来なら、小児科に回されるはずの10代の症例。
循環器内科で成人を診るのが大半で、若年例なんて滅多に来ない。
それを、なぜよりによって俺が引き受ける羽目になる。

……分かってる。引き受けるしかないってことは。
逃げたところで俺の責任が消えるわけじゃない。

だけど、どうすればいい?
どんな距離感で接すればいい?
どこに線を引けばいい?
何を話せばいいんだ?

せめて治る病気ならよかった。
時間をかければ、手を尽くせば、きっと救える――そう信じられる病気なら。

でも現実は違った。
治療法がない。進行性で、ただ少しずつ悪くなっていくだけの、難病。
抗えない事実があると知った時点で、俺の苛立ちはもう、どうしようもない無力感と表裏一体だった。

その苛立ちと重責で、ろくに眠れない日々が続いた。
カルテをめくっても、論文を検索しても、ページの文字が滲んで頭に入らない。
少しでも隙を見せれば、自分の心が潰れてしまう気がして、かろうじて仕事だけにしがみつくように過ごしていた。