「ねぇ、ここ」
理緒が指先でページの端を押さえた。
「この『ブルカニロ博士』が出てくるシーン」

彼女の声は少し掠れていたけれど、
どこか嬉しそうでもあった。

「……ここ、私が持ってる文庫には無くてさ」

理緒はそう言って、ゆっくり読み上げた。

「『ああ、どうしてなんですか。ぼくはカムパネルラといっしょにまっすぐに行こうと言ったんです』」

ページの文字が、彼女の声に溶けていく。

――私もそうだ。
一緒に居たかった。
どこまでも、彼女といられると思っていた。

理緒は微笑んで、続きを小さく囁くように読んだ。

「『ああ、そうだ。みんながそう考える。けれどもいっしょに行けない。』」

その一節を読み上げるたびに、
視界が涙で霞んだ。
文字が滲んで、理緒の顔がぼやけていく。

点滴の音が、やけに遠くで響く。
息を吸うたびに喉の奥が熱くなった。

――どうして。
どうして“いっしょに行けない”なんて、
そんな残酷な言葉があるんだろう。

「『さあ、切符をしっかり持っておいで。お前はもう夢の鉄道の中でなしにほんとうの世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐに歩いて行かなければいけない。天の川のなかでたった一つの、ほんとうのその切符を決しておまえはなくしてはいけない』」


理緒は本を閉じ、静かに笑った。
その笑顔が、光のように淡く見えた。