私があんな突拍子もないことをしたにも関わらず、
日向さんは一切気にした素振りを見せずに接してくれていた。

いつも通り、廊下ですれ違えば挨拶をしてくれて、
私が返すと、軽く微笑んでくれる。
それだけのことなのに、
まるで何もなかったように過ぎていく空気が、少しだけ苦しかった。

……あの夜、何を思ったのか、
どうして抱きしめてしまったのか、
自分でももう説明できないのに。
日向さんのほうは、
まるでそれを“ひとつの出来事”として整理してしまったように見えた。

きっとそれが、大人ってことなんだろう。
感情よりも、日常を優先できる強さ。
私にはまだ、そのやり方が分からなかった。

笑顔を返しながら、
心の奥ではいつも、
“あれは夢だったのかもしれない”と思っていた。