「着替えの服、ないだろ?」
エレベーターホールの前で、日向さんがぽつりとそう言った。

白衣の袖はまだ少し濡れていて、髪の端から水滴が落ちていた。
それでも彼の声は、いつもの病室でのそれよりも、どこか柔らかかった。

「……まずコンビニで、適当に買っておいで」

少し考えるように言葉を区切ってから、
ポケットに手を突っ込み、財布を取り出しかける。

「お金あるか? ないなら出すけど……」

慌てて首を振った。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」

「……そう」

短くそう答えて、また視線を逸らす。
その横顔に浮かぶ陰影が、蛍光灯の明かりでやけに淡く見えた。

コンビニの中は、雨の夜なのに妙に明るくて、
濡れた制服のままの自分がそこに立っているのが少し場違いに感じた。

Tシャツとスウェット、あと下着を手に取ってレジに並ぶ。

レジ袋を受け取った瞬間、少しだけ息を吸った。
(……変だな。あんなに怖かったはずなのに、
 今はどうしてか、ほっとしてる)