理緒の顔は、いつもにも増して穏やかだった。

「……難しい話は、私できないからさ」
笑いながらそう言って、理緒は日向さんの方を見た。
「日向先生。……解説してあげて」

その一言で、嫌な予感がした。
胸の奥が、ゆっくりと沈んでいく。

日向さんは、短く息を吐いた。
少しだけ俯いて、それから私の方を見た。

「……理緒の心臓は、もう、ほとんど自分で血を送る力を失ってる。
 薬で少しなら延命はできるけど、それも限界が近い」

「……やめてください」
気づいたら声が出ていた。
「そんな……そんな話、しないでください……」

理緒が小さく首を振った。
「桜。……現実を知っておいてほしかったの。
 でもね、怖がらないで。私、怖くないから」

その言葉に、どうしても納得なんてできなかった。
怖くないはずがない。
そんなの、強いとかじゃない。

私の知らないところで、理緒と日向さんだけが「現実」を共有してる気がした。
まるで私だけが、別の世界に取り残されてるみたいだった。

「……どうして、そんな顔で言えるの」
喉が詰まって、最後の言葉はほとんど声にならなかった。

理緒は穏やかな笑みを崩さなかった。

日向さんは、何も言わなかった。
ただ静かに目を閉じて、
その沈黙が――残酷な答えの代わりだった。