長いようでいて短い夏が、ようやく終わった頃。
理緒は予定通り、病室に戻った。

夕方の光が淡く差し込む病室。
消毒液の匂いと、かすかな蝉の声の残響。
日常が戻ってきたように見えた。

けれど、私が再びその扉を開けたとき――
理緒と日向さんは、いつも以上に真剣な表情で何かを話していた。
空気がどこか張り詰めていて、思わず足が止まる。

私に気づいた理緒は、ゆっくりと笑顔に戻る。
「……じゃあ、俺はこれで」
日向さんが立ち上がろうとしたその瞬間、
理緒はか細い声で呼び止めた。

「……ううん。日向先生。お願い。
今日は、まだいて。先生にも、聞いててほしいの」

その一言で、空気が変わった。
胸の奥がざわつく。

「ーー桜。あのね」
理緒は少し息を整えて、
それから静かに、けれど確かな声で言った。

「もうね、出れないと思う。病院から」

世界の音が、一瞬で消えた。
胸の奥を鋭い刃で突かれたようで、呼吸の仕方すらわからなくなる。

「……何言ってるの?」
問いかけた声は、自分のものとは思えないほど震えていた。
冗談だと笑ってほしかった。
でも、理緒の瞳は揺らがなかった。

助けを求めるように、私は日向さんの方を見た。
「……日向さん……?」

けれど返ってきたのは、残酷な沈黙だった。
目を伏せたまま、彼は何も言わなかった。
その表情に浮かぶ哀れみが、すべての答えだった。

心臓がぎゅっと締め付けられる。
声を出そうとしても、喉は音を拒んだ。

「大丈夫」なんて言葉も出てこない。
「そんなわけない」と叫ぶこともできない。

ただ唇が震えて、息が喉で詰まった。
静まり返った病室の中、
時計の針の音だけが、妙に鮮明に響いていた。