中野さんが「じゃあ、また明日ね」と病室を出ていったあと。
扉が閉まる音が響いて、静けさが戻る。
その沈黙を破ったのは理緒だった。
「……将来、何になる? なんてさ」
枕元に置いた本を指でなぞりながら、ぼそりと言う。
「先生、私には聞かないよね」
思わず視線が止まった。
心臓の奥を軽く突かれたような感覚。
「……」
言葉を探したが、適当な答えは出てこない。
理緒はわざとらしく肩をすくめて、天井を見上げた。
「まぁ、聞かれても困るけどさ。私、大学も会社も行けないんだから」
笑っているように見えるけれど、その声の奥にほんの小さな棘があった。
「理緒……」
名前を呼んだきり、続けられない。
彼女は自分の言葉に追い打ちをかけるように、静かに続けた。
「でもさ。桜のことはちゃんと“将来ある子”として見てあげてるんだなぁって、ちょっと思っただけ」
胸の奥が重くなる。
否定することも、慰めることもできない。
ただ、視線を落とし、握りしめた手の中に言葉を押し込めるしかなかった。


