……私にとって、父親は年に数回しか顔を合わせない存在だ。
今はシンガポールにいるらしい。

幼い頃は寂しいと感じることもあったけれど、高校生になった今では、もうその感覚すら薄れてきた。
それでも、自分が父のように働き、なおかつ家庭を持つ姿はどうしても想像できない。
そもそも当の父自身が、「女性にはあまり向いていないかもしれないな」なんて笑っていたから。

――けれど、最近の私が心を惹かれているのは。

ちらりと視線を上げる。
机に向かい、淡々とカルテを書き進める日向さんの横顔。

気づけば、言葉がこぼれていた。
「……でも、私、先生みたいなお仕事も……ちょっと憧れます」

自分でも驚くほど素直に言えてしまって、慌てて視線をノートに落とす。
それでも横目に映ったのは――わずかに驚いたように目を瞬かせ、やわらかく笑みを浮かべる彼の顔。

……その笑顔が、どうしても頭から離れなかった。


……なんだか気恥ずかしさで居た堪れなくなって、私は思わず「今日は、もう帰りますね」と告げて、病室を後にした。