長かった梅雨の明けた土曜の昼の病室だった。

「えーっと……だから、これが、Nを無限にすると3に収束する……はず?」
鉛筆を動かしながら首をかしげる。
数学の問題は、何度解き直しても自信が持てなかった。

「……何やってんの。数学?」
ベッドに腰かけていた理緒が、私のプリントを覗き込んでくる。

「そう。極限の問題」

「ふぅん。難しそうなことやってるね」
理緒は肩をすくめて笑った。

数学は、別に得意でも嫌いでもない。
……それでも、気づけばもう来年には受験の年だった。
少しは真剣に応用だって取り組まないといけない。

「でも、日向先生なら分かるんじゃない? お医者さんだし、数学得意そう」
冗談っぽく言う理緒の声に、胸がどきりとする。

視線を横にやると、カルテを整理していた日向さんがちらりとこちらを見て、何でもない風に口を開いた。
「……今どき計算なんて、式を立てたらあとはプログラムで解くだけだ」

冷たい言葉のはずなのに、妙に大人びて聞こえて。
私は慌ててプリントを抱え込み、顔が熱くなるのを隠した。

そんな私を見ていたのか、日向さんがふいに言った。
「……中野さん、そもそも頭いいだろ。将来は何になる? 学者とか外交官? それとも……父親みたいに商社で働くとか」

「えっ……」
胸が跳ねた。
こんな風にまっすぐ将来を聞かれるなんて思ってもみなかったから。

「桜が商社? 全然想像つかない」
理緒がくすりと笑い、私の肩を小突く。

「……父を見ていると、海外駐在であまり家にいなかったから……想像、出来なくて」
小さく否定しながらも、胸の奥がじんわり熱くなる。